133.区切り

1人残されたトキオはビールを片手に、ティーカップとイチジョウが話し込んでいる奥の席に時折目をやっていた。

-なに話してんだろうな~

遠目に見た感じでは、強い調子で何かを語るティーカップを、イチジョウがなだめているように見える。
…つまるところ、ティーカップもイチジョウも、いつもの調子だ。
仕草や、僅かに判別出来る表情からは、内容を推測することは出来なかった。

-わかんねえや。後でイチジョウに聞くか…

トキオは肩の力を抜いてビールを一口飲むと、とりとめなく色々なことを考え始めた。

-明日から、あいつ、前衛か…
あの鎧、かなりのシロモノみてえだし、ちょっとやそっとでやばい目に遭わないよな。
でも、前衛はなあ…


急激に冷えていく肌の感触 ― 思い出すだけで、背筋が寒くなる。

-…盗賊の短刀ってやつもいつ見つかるかわかんねえし、俺も他のパーティに混ざって稼ごうかな。
で、能力値あげて、真っ当に転職しちまっても、別にいいじゃねえか。そうだよ。

あ、でも、また歳食っちまうのか。そりゃちょっと…
今でも30越えた自覚ねえんだけどなぁ。

待てよ、短刀使って能力値まんまで転職できるにしても、今のうちに強くなってた方がいいことには変わりねえんだな。
そういや、イチジョウも早く侍になりたくて他のパーティと潜ってたっつってたし…行水は出来ないとか言われたけど、俺だって体力だけは自信あるし。
細っこいベルでも、かけもち出来てんだから、
あ…それ以前に、腕悪いから入れてもらえねえか…
僧侶呪文使えるってオマケじゃ弱いかなぁ。

ダブルくらいの腕と、経験がありゃなあ。
ダブルといやあ結局、クロックはどっち取るんだろうな。
ミカヅキどうしてんだろ。
俺だったら、あんな男に好かれりゃあ―


「相席、いいか」

突然声をかけられて、はじかれたように見上げると、ワインとグラスを手にしたビアスが立っていた。
軽く周囲を見回してみたが、空いているテーブルは他にもある。
少し身構えながら、
「…あ、ま、うん。どうぞ」
トキオは、対面の席を手の平で指した。

「こんな時間にいるのは珍しいんじゃないか?」
席に着いたビアスは、ワインを注ぎながら言った。
「早めに切り上げたんで」
「君たちの探索に区切りがつくのは、いつ頃になるのかな」
「探索の区切り…、んー、と…」
トキオは腕を組んだ。

ワードナと戦うかどうかは、まだ決めていない。
トキオ自身は、少なくとも忍者になって腕を上げるまでは、やめる気はない。
他のメンバーも、ある程度の余裕を持って10階を歩けるようになるまでは、やめないように思う。

「当分は続けると思うけど、なんでだ?」
ビアスは、トキオの質問に軽く首を傾けた。
「区切りがついたら、一度故郷に戻る…とリヒトが言ったんでな。なんなら、一緒に帰ろうと思ってね。どのくらい待てばいいのか、知りたかっただけだよ」

心臓が止まりそうになった。

この土地で生まれ育ったトキオには、故郷に戻るという概念自体がなかったのだ。
探索が終わってパーティが解散しても、全員ずっとここにいて、いつでも会えるのだと…無意識のうちに、思い込んでいた。

-もしフラれても顔合わさずにすむから、良かったじゃねえか。

後ろ向きなフォローが一瞬頭をかすめたが、動揺はおさまらない。
「…故郷って、どのへん…」
勝手に、口が動いた。
「西の大陸の、王都に近い土地だ。ここからなら、馬と船を使って4ヶ月ほど旅をすれば着くかな」
「遠…いのな。海…、越えんのか…」
「ああ」
ビアスは俯いたトキオを見下ろすように眺めると、口の端に薄い笑いを浮かべた。

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