132.往来

ヒメマルとブルーベルは、使えないアイテムを売るために2人でボルタックへ向かっていた。

「これ、今渡さない方がいいよな」
ブルーベルは繋いでいた手を離すと、小振りの武器をザックから出して、ヒメマルに見せた。
「何?」
「盗賊の短刀」
「…え!?盗賊が忍者に転職できるってやつ!?」
「フラックの宝箱に入ってた」
「へえー」
ヒメマルはまじまじと、一見地味なその短刀を観察した。

「今渡したら、すぐ転職しちゃいそうだろ、トキオ」
「そう?」
「さっきだって、ティーを前衛に出したくないの丸分かりだった」
「あ、そっか~」
「あの調子じゃ、すぐに忍者になって前衛に出ようとするよ」
「でもベルは、トキオに早く前衛になって欲しいって言ってたじゃない?」
「前には出てほしいけど、今じゃない。今のトキオの能力値で忍者になっても、まるで役に立たないよ。聖なる鎧はただでさえ前衛向きの鎧だろ。それを着けてるティーの代わりに前に出るつもりなら、もっともっと能力値を上げてから転職してくれなきゃ困る」
「あ~確かにね~。それに、せっかく能力値そのままで転職できるんだから、成長効率のいい盗賊のうちに強くなっておいた方がいいもんねえ」
「そう。だから、今は渡さない方がいいと思うんだ」
「話せばわかってくれるような気もするけど…」
「かなり深刻な顔してたからな。発作的に使われちゃ困る」
ブルーベルは短刀をザックに戻した。
空いた指に、すかさずヒメマルの指が絡んでくる。

「こうやってベタベタするの、嫌いだと思ってたんだけど」
それを握り返しながら、ブルーベルは言った。
「ヒメマルとなら、…なんか、楽しいよ。なんでだろうな」
「それはほら、ベルがさ。俺に恋してるってことじゃない?」
「…」
ブルーベルは、声を出さずに笑った。
「じゃ、初恋だ」
「俺も初恋。幸せ~」
そう言ってヒメマルは、繋いだ手を大きく振った。

ブルーベルは笑いながらしばらく振られるままになっていたが、ふと表情を抑えると、
「…その幸せのためにもさ」
真剣な声を出した。
「潜るの、やめないか?」
ヒメマルは、笑顔の上に不満を乗せて、ブルーベルを見つめた。
「何回も言ってるけど俺、ヒメマルに何かあったらって思うと、ぞっとするんだよ」
「心配は嬉しいんだけど…」
ヒメマルは頭を掻いた。

「10階降りてから、ほんとにケタ違いのすんごい怪物とか、珍しいアイテムとか、沢山見かけるようになったじゃない。好奇心ビシビシ刺激されてるんだよね~」
「好奇心は、俺もそうだからわかるよ。けど、命あってのものだねだ。ヒメマルだってそう言ってたろ?」
「あの頃は死ぬのが怖かったからね~」
「今は怖くないのか!?」
「うーん、あんまり」
「おい!!」
ブルーベルはヒメマルの胸倉を掴んだ。

「死ぬのが平気なのか?好きだって言っておいて、俺残していくのが平気なのか!?」
その剣幕に、往来の人々が2人を振り返って行く。
「へ、平気っていうわけじゃないよ。腕も上がってきたし、心構え的に、前よりは怖くないかな、っていうだけで…」
「ちゃんと怖がれよ!!そんな風に緩んでる奴が、コロッと死んじまうんだ!!」
本気で怒っているブルーベルの瞳がうっすらと潤んでいるのをみとめて、ヒメマルは思わずその体を抱きしめた。

肩で息をしているブルーベルの背中を、ゆっくりと撫でる。
「わかったよ、ちゃんと、いつでも、気を抜かないように心がけるよ。約束する」
「絶対だからな」
抑えながらも、まだ怒気を含んでいる声を聞きながら、ヒメマルは青い髪に顔をうずめた。
「うん。ありがとう」

酒場の方から歩いてきたキャドが、軽く口笛を鳴らして通りすぎて行った。

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