127.耳
慣れた者が1人いるというだけで潜っていられる時間が随分違うもので、この日パーティが地上に戻ると、街は夕日に染まりはじめていた。ギルガメッシュで大時計を見たブルーベルは、大慌てで掛け持ちしているパーティのテーブルへ向ってしまった。
未識別のアイテムが残されてしまったのだが、
「用事ついでにカイルに頼んでみるよ。彼、今ビショップになってるから」
ヒメマルが持って行ってくれた。
「晩飯にはちょっと早いか…」
トキオはテーブルについて、呟いた。時計は5時を指しているが、小腹が空いている。
どうしようかと思っていると、
「軽く入れたいな」
トキオの隣で、ティーカップがメニューを開いた。
「私達は、ちょっと買い物がありますので」
イチジョウは腰をおろさずにそう言った。
「…そうでしたね、失念するところでした」
ササハラも荷を肩にかける。
「あ、あの、今日はありがとう、またなんかあったら宜しく。分配終わったら、イチジョウに渡すんで」
トキオが慌てて手を出すと、
「楽しませて貰った」
ササハラは笑顔で応えて、トキオの手を握った。
「それじゃ、また明日」
イチジョウが手を振り、2人は足早に店を出て行った。
…あ…、気ぃ遣ってくれたのか…?―
後姿が見えなくなった辺りで、トキオがやっと気付いた時、
「これは何なんだと思う」
ティーカップがメニューを指差しながら、肩を寄せるようにして訊いてきた。
「う、うん?」
トキオもつられて覗きこむ。
息がかかるほど、顔の距離が近い。
自分の鼓動に少し緊張しながら、トキオはティーカップの指先の文字を追った。
「あ、これな、鶏肉料理だよ。このへんじゃ割とポピュラーだぜ」
「どんな料理だ?」
「軽く茹でたササミに、特製ドレッシングかけたみてえな簡単なやつだよ」
「ふぅん」
と、その時不意に、トキオの頬を何かがくすぐった。
「?、?」
トキオは、頬を抑えてティーカップを見た。
「なん なんか今、触らなかったか?」
「うん?ああ、耳だろう?」
ティーカップは、こともなげに言った。
「耳?耳が??」
トキオが、真っ直ぐ伸びたティーカップの長い耳を見ると、それはいきなり開くように角度を変えた。
「うわっ!?」
「別に驚くようなことじゃないだろう」
ティーカップは、左右の耳がほとんど水平になるように倒して見せた。
「お… 、…ぉ、…驚くよ」
「大袈裟だな」
ティーカップはまた、ぴん、と元の位置に耳を戻した。
「すげえ…カルチャーショックだ…」
「耳ぐらい、人間にだって動かせるだろう」
「ああ、たまに出来る奴いるけど…あれと同じなのか?」
「多分そうなんじゃないか?」
「そうなのか?」
「そうだろう」
ティーカップはメニューに目を落とした。
「地方特有の料理なら、どんなものか説明をつけておくべきだ。前から思ってたが、この店はどうも大雑把で良くない。客はドワーフや人間ばかりじゃないんだぞ」
何やらぶつぶつ言っているが、トキオは料理よりも何よりも、ティーカップの耳が気になって仕方がない。
半ば無意識にそっと指先で触れようとした瞬間、ぴんぴんっと(ネコがそうするように)、追い払われてしまった。
「デリケートな部分なんだ。無遠慮に触れないでくれたまえ」
睨みつけられたトキオは、悪戯を咎められた子供のように小さく何度も頷いた。