126.無体

トキオ達よりも前から10階に降りていたササハラの腕は、流石に大したものだ。
腕前だけでなく、どんなモンスターに遭遇しても冷静なその様は、まるで熟年のベテラン冒険者のようである。

トキオがそう言うと、
「なに、私の装備は主らに比べてはるかに整っている。その心強さ故だ」
ササハラは軽く笑ってそう答えたが、クリティカルや呪文は防御力に関係ない。つまり、装備が整っていても十分な危険性はある。 やはり、元々肝が据わっているのだろう。
*
守衛の3パーティとの戦闘を終えたところで、キャンプを張った。

ササハラは、懐から洒落た模様の手拭いを出し、先ほどの戦闘で汚れたイチジョウの顔を拭いている。
その自然な仕草を見ていたトキオは、思わず「いいなあ」と呟いてしまった。

「トキオ君も、早く好きな人に告白すればいいんですよ」
イチジョウが笑う。
「…あー、うん」
トキオは少し赤くなって、下を向いた。
ちら、とティーカップの方へ目をやる。
それを目にとめたササハラは、イチジョウを窺った。
イチジョウは、笑みを乗せた瞼で頷く。

「告白したのはどっちなんだ?」
視線の間で話題に上っているのには全く気付いていないのか、ティーカップがイチジョウとササハラに向かって、またそんなことを訊いた。
「私から」
ササハラが、掌を胸にあてた。
「最初にイチジョウに声かけて、連れてっちゃった時?」
しばらく口数の少なかったヒメマルが訊く。
「左様」
ササハラが即答する。
「…あれ、告白だったんですか?」
イチジョウが小声で言うのに、ササハラが涼しい顔で頷く。

「イチジョウ、あの時そんなこと言ってなかったのに~。ね、どんな告白だったの?」
続けてヒメマルが尋ねると、
「…」
「…」
イチジョウとササハラは、しばらく顔を合わせていたが、
どちらともなく、抑えるように笑いはじめた。

「なに、なに?」
「気になるぞ、教えろよ!」
せっつく2人に、ササハラがまだ少し笑いながら、
「無体を仕掛けた、というのが一番的を得ていますか」
イチジョウを見た。
「そうですね。そういうことです」
イチジョウはそう言って、トキオとヒメマルに向って頷いた。

「ム、ムタイってなに?」
ヒメマルは、ササハラの使う言葉がわからないことが度々あった。これもよくわからなかったので、思わず聞き返す。
少し考えて、トキオが言った。
「無理無体、つう時の"ムタイ"か?それを仕掛けたってことは…」
「それ以上は言わせないでください」
イチジョウが照れ笑いになって、顔の前で手を振った。
何があったのか、大体想像がつく。

「…えぇ、マジで?参考にしようと思ったのに…」
俺にゃそれは出来ねえよ、と続けようとした時、
「男はそれくらいの方がいい」
ティーカップが両腕をストレッチしながら、軽く言った。

「強引な人が好きなの?」
ヒメマルの顔が好奇心丸出しになっている。
勿論、トキオを含む他のメンバーの興味もティーカップに集中した。
「分相応ならな」
ティーカップは準備運動するように、首をゆっくりと回している。
「えっと…。ティーにつりあう相手なら、ってこと?」
「そういうことだ」
ティーカップは、正面に座っているヒメマルの背中の向こう側に視点を置いて、立ち上がった。
すぐに他の5人も、その方向へ振り向きながら体勢を整える。

「鬼火か」
ササハラの言葉を聞いてから、それがウィル・オ・ウィスプを指しているのだとわかって、ヒメマルは「へえ」、と小さく呟いてから続けた。
「嬉しいね」
前衛3人が、剣を構えた。

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