123.鍵

クロックハンドの部屋―つまりミカヅキの部屋は、エコノミールーム102号室だ。

ドアをノックしてみたが、返事がない。
鍵もきっちりとかかっている。
トキオは部屋のナンバーを確認して、頭を掻いた。
「この部屋だよな」
「の、はずですが」
イチジョウも首を傾げる。
「爆睡してんのかな」
もう一度、強めにドアをノックした。

鍵の開く音がして、ドアがほんの少し開いた。
「…あぁ、…あんた達か」
隙間から、片目の見える範囲だけを覗かせたのはミカヅキだ。
少し気だるげな視線と同居している彼本来の表情の鋭さに、トキオはドキリとした。
軽く羽織っただけのシャツの合間からは、無駄なく引き締まった身体が見え隠れしている。

―正直、ダブル相手じゃ分が悪いんじゃねえかと思ってたけど、こいつもやっぱ、かなりの男だよなあ―

唇を舐めてから、トキオが少し緊張気味に、
「集合時間過ぎてんだけど、クロック寝てん…」
「調子が悪いんだ。当分他の奴を雇ってくれ」
言い終わるのを待たずにそう返すと、ミカヅキはそのままドアを閉めて、再び鍵をかけてしまった。

トキオとイチジョウは顔を見合わせた。
「調子が悪ィったって…」
「…何かちょっと…」
イチジョウも妙な空気を感じたようだ。
と、

「…ぁ~すけてぇ~」

ドアの向こうから、微かな声が聞こえた。

「クロックか!?」
「しっ」
耳を澄ましていると、さっきよりやや大きな声が、

「たぁ~す…」

そこまで聞こえて、ふっ、と止んだ。

「やっぱクロックだよ、助けてっつって…」
2人の頭に、形にならない不安がよぎった。
「ミカヅキ君、開けてください!!」
イチジョウは叫びながら、ドアを思い切り叩いた。
「開けろよ、ミカヅキ!!」
トキオもノブをガチャガチャと力任せに回す。

ドンドガチャガチャドンドンドン「開けてくださーい!!」ドンドンバンガチャガチャドンドンドン「ミカヅキーッ何やってんだあー!!」ドンドンガチャチャガチャ「クロックくーん!?大丈夫ですかあー」ガチャドンドンドンガチャガチャバンバン「よくわかんねえけど早まるなー!!」ガチャガチャドンドンドンドン

―辺り構わず大音量をたてていると、バガンと派手な音がして、
「ウラァ!!何なんだよお前らぁ、あァ!?うるっせえぞ!!」
隣の部屋から、上半身裸のエルフが吠えながら飛び出してきた。

「悪ィけど緊急事態なんだよ!!」
2人はドアを破壊せんばかりの勢いで押したり引いたりを続ける。
エルフは端正な顔を思い切り崩すと、
「ああー、うるせえッ、うるせえ!!やめろ!!なんなんだよ、開けりゃいいのかよ!!」
両手を振り回して不愉快さを主張し、がなるように言いながら近づいて来た。
「そうだよ!!」
「そんじゃあ開けてやらぁ、どけ!!」
エルフはトキオとイチジョウを左右に突き飛ばすとノブに向って掌をあて、二言三言、何かを呟いた。

カチリ、と音がした。

「ほれ、開いた。俺ぁ寝不足なんだぞ、ちくしょう」
チッ、と大きく舌打ちして、エルフは隣の部屋に戻って行った。
それを見送ったトキオとイチジョウ、それぞれに色々思うことがあったのだが―今は、それどころではない。

急いでドアを開けると、目の前にミカヅキが、
「!!!」
トキオは咄嗟に身をかがめた。
竜の首を飛ばす手刀が、髪をかすめる。
―っ次っ、避けらんねえ!!
崩れた体勢から転がるように移動したトキオがそう直感した時、
「やめんか、阿呆!!!」

一喝で、ミカヅキの動きが人形のように止まった。

イチジョウに轡をはずされたクロックが、ベッドからこちらを見ている。

トキオは脱力して、床にへたりこんだ。

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