120.夕景

ササハラに誘われたイチジョウは、街で東方の物品の専門店を何軒か冷やかしてから、夕刻になって円形土砦跡を散歩していた。

「ずっとあのような調子です」
言って、ササハラがさした指のずっと先には、ミカヅキが膝を抱えてぽつんと座っていた。
忍者装束ではなく普段着で、髪を下ろしている。
よく見えないが、眼鏡もかけているらしい。まるで別人だ。

「あれから集中力がないと言って、どこのパーティからの誘いも断ってまして」
「う~ん」
これほど、周りがどうしようもない状況というのもないものだ。

「他にも男はいるだろう、と言ってみたのですが、まるで聞く耳を持ちません。ミカヅキの想い人というのは、そんなに良い男なのですか?」
ササハラは、やや不満を含んだ声で言った。
「良い男、というか…奔放な魅力のある少年、という感じですか」
「少年!?」
ササハラは意外さを顔に表した。
「あ、雰囲気ですよ。目が大きくてね。歳は確か、21くらいです。それでも若いですが」
笑うイチジョウを見て、ササハラは顎に手をあてると、ふぅむ、と呟いた。

「イチジョウ殿のパーティで、少年のような男というと。青い髪のエルフと、もうひとり…」
「白い髪の子の方ですよ。今、忍者です」
「…あの、奇抜な服の」
「そうです」
「…わからん…」
ササハラは、眉間を押さえた。
「~、ぁー、あの、服は個性的ですが、気さくで元気ないい子ですよ」
フォローを入れてみるが、
「うーむ」
ササハラは、難しい顔をしている。

「…天秤にかけられているもう片方は、どんな男なんですか?」
「体格の大きな、隻眼の盗賊です。さばけた性格で男っぽく、押しが強くて、とにかく積極的です」
「イチジョウ殿の目から見られて、男としてどうですか」
「魅力的だと思いますね」
「即答されるほど」
「ええ」
「ふむ…」
「クロック君自身がああいう相手が好みだと言っていた記憶がありますし…かなり強敵なのは確かですよ」
「好みを具体的に聞いたことがあるのですか?」
「はい。気風のいい兄貴が好きだと言っていたはずです」
「ならミカヅキとて、劣るものではありますまい」
「ええーと」
イチジョウは、ササハラとは逆の方へ首を捻った。

「ササハラ君は、ミカヅキ君がクロック君と話しているのを見たことはありますか?」
「無論、ありませんが」
「ですよね」
「何か」
「…、ミカヅキ君は、クロック君の前ではいつもの調子が出ないみたいなんですよ」
「と言いますと、どのような」
「なんというか、えー…」
イチジョウは目を閉じて、額にとんとんと指先を当てながら言葉を探していたが、しばらくしてぱっと目を開いた。

「愛の奴隷」
「は?」
「という感じです」
「…はぁ」
普段の凛としたミカヅキを見慣れているササハラには、全くピンとこないようだ。
「これでは駄目ですか。う~ん」
イチジョウは再び目を閉じ、腕を組んだ。

色々と言葉を吟味しているうち唇に何か触れて、思わず瞼を上げた。
目の前に、ササハラの顔があったので、
「な…」
口を開いた途端、舌が入り込んで来た。

そのまま数秒、イチジョウの唇を塞いでいたササハラは、
「すみません、つい」
身体を離すと、少し照れくさそうに笑った。
「いえ」
イチジョウも照れ笑いすると、空を仰いだ。

「日が落ちますね」
「…戻りましょうか」
もう影になっているミカヅキの姿に一度目をやってから、2人は宿へ向かった。

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