119.約束

「ま、カマかけなくてもわかってたけどな」
シキは持参したビールを、自分のジョッキとトキオのジョッキになみなみと注いだ。
「お、サンキュ…わかってたって、なんでだよ」
「ちょっと見てりゃわかるよ」
「…そんなにわかりやすいか?」
トキオは、両手で顔を覆った。
「あんた、いつ見てもあのエルフのこと目で追っかけてるぞ。あれ、無意識にやってんなら重症だぜ」
「…」
ある程度は自覚していたが、そこまで露骨に見つめていたのかと思うと、トキオはやや赤面した。

「グラスと別れたらあんた狙おうと思ってたんだけど、その状態じゃあなー」
「え、あんな仲良さそうだったのに、なんかあったのか?」
「いや、もしもの話」
「なんだよ、ありえねえ話すんなよ」
トキオは笑った。
「まぁ~な。でも本気で言ってんだぜ。あんた、好みだから。大きいし、巧いし」
シキも笑いながら、ビールに軽く口をつけた。

「まだあの識別料取り、やってんのか?」
トキオは照れくささを隠すように、茶化し気味に訊いた。
「やってるよ」
「…あのよ、グラスはそれ、マジで許してくれてんのか?」
独占欲の強いトキオには、それを許せるというのがどうしても理解できない。

「言ったろ、公認だよ。グラスは俺が他の奴とどんな風に寝たか聞いたら、すんげ~興奮すんの。ちょっと変態ぽいとこあんだ」
「…そ…、え?おい、どんな風にやったかグラスに聞かせてんのか?」
「他の奴と寝てもいい代わりに、約束してることがふたつあって」
シキは、にゅっと指を二本伸ばした。

「ひとつめが、"内容を全部報告する"」
「俺ん時のことも、報告したのか?」
「もちろん」
「…それでか…」
以前、グラスに囁かれたことに納得がいった。
全部報告されていたわけだ。

「で、もうひとつが"相手とキスはしない"。で、あんたとやった時、これ破ったからお仕置きされたんだ」
「…キスかぁ。したっけか」
「したよ、二回目の時だっけな?うん。あんたの身体とかアレとかってグラスに似てんだよなぁ。ついつい勢い余ったんだよな~」
「先に言って…ても、する時はしちまうか」
「するする」
「お仕置きって、何されたんだ?」
「それがよ、タバスコと唐辛子と、他にもなんか忘れたけど、とにかくそのへんにあった辛い系のもん全部、ケツにたっぷり突っ込まれたんだよ。熱いの痛いのでたまんねえの、汗止まらねえし。3、4日ぐらい、トイレ行くのも地獄だったぜ」
「そりゃ …大変だったな」
「だから、あんたとは二度としないって決めたんだ」
「俺だけアウトなのかよ」
「だって、あんたとやったら多分またキスしちまうもん」
「もしそうでも、報告しなきゃいいんじゃねえか」
「約束破っちゃ駄目だろ」
「うーーーーん」
トキオは大きく首を捻った。他の男と寝るのがOKで、約束を破るのがNGと言われても、トキオの価値観ではどうにも理解するのが難しい。
「どっちにしても、俺が今やろうって言ったって、あんたやれないだろ?」
「…まぁ…な」
「真面目でやんの」
シキはケラケラと笑ってビールを飲み干すと、立ち上がった。

「あ、そうだ。ブルーベルに早く遊びに来いって言っといてくれないか?」
「ベルと付き合いあんのか?」
「前にちょっとアイテムのこと訊かれたことあって、色々話してたら意気投合してさ」
「そんじゃ、グラスのパーティにベル紹介したのお前か」
「俺だよ。あのパーティはベテランばっかだから、安心だ」
「お前はグラスと一緒に潜らないのか?」
考えてみれば、シキはいつでも酒場にいる。

「怖い。もう無理だ」
シキの青い瞳が一瞬、群青に翳った。
「…」
「あんた、そろそろ慣れてきたぐらいだろ。気ぃ抜くなよ」
笑いなおしたシキに、
「うん」
トキオは真顔で頷いた。

Back Next
entrance