118.関係ない

トキオが店の中に戻ると、テーブルにはティーカップしかいなかった。
「2人は?」
「どちらも男が迎えに来た。君は何をやってたんだ」
「可愛い女の子に告白されちまった」
トキオは笑み混じりで言いながら、テーブルについた。
「俺は男しかダメだっつったら呆然とされてよ、久々に自分が少数派だって実感したぜ」
「ふぅん」
ティーカップは、3分の1ほどに減ったワインを手酌している。

トキオは少し気の抜けたビールに口をつけながら、その横顔を眺めた。

気持ちには応えようがなかったが、リュウの告白には刺激と勇気を貰った。
今なら自分にも、…言えるような気がする。

「…なぁ」
「うん?」
「朝言ってた、お前が気にしてる奴って…誰だ?」

ティーカップはトキオの方を向くと、その表情を観察するようにじっと見つめた。

「気になるのか」
「…な…なる」
「ふぅん」
ティーカップは肘をついたままで、かりかりと額を掻いた。
トキオの真剣な様子を、まるで気にとめていない。
「教えてくれねえのかよ」
「君には関係ないことだ」
「…、…、、、」
適当に何か切りかえそうとしたのだが、口を動かしても言葉が出てこなかった。
今のひとことに、自分でも思いがけないほど強いショックを受けたらしい。
肩で息をつくと、トキオはゆっくり下唇を舐めた。

「君こそ、そういう相手がいると言ってたろう」
「…あぁ…」
「誰だと聞かれて答えられるのか」
「…」
トキオは俯いた。
先にそれを訊かれていれば答えられたのかも知れないが、「関係ない」と先制された上で、「お前だよ」と返せるほどの度胸はない。

「自分が言えないことを人に言わせようとするな」
「悪かったよ…」
トキオが残っていたベーコンに手を伸ばした時、ビアスが店に入ってくるのが見えた。

同じ方向を向いているので気付いているはずなのだが、ティーカップは特に気にするでもなく、ワインを飲みつづけている。
「あいつ、」
トキオはベーコンの端を齧りながら言った。
「ビアスって、…ダチか?」
ティーカップはトキオを横目でじろりと見た。
「そう言ったと思うが?」
何故そんなことを訊く、という視線だ。
「いや、あいつが、そうじゃないような言い方したから…よ」
「ビアスと話したのか」
「ちょっとだけな」
「…」
ティーカップは2、3秒考えてから、自分のザックを担ぎ、ワインとグラスを掴んで立ち上がると、そのままビアスのテーブルへ行ってしまった。

残されたトキオは、2人のエルフのテーブルをしばらくぼんやりと眺めて溜息をつくと、僅かに残ったビールを流し込んだ。
-余計なこと言っちまったかなぁ。
他の話を振っておけば、当分2人だけで飲めただろう。

動揺している時に何か言うと、ろくなことがない。
これからは、落ち着くまで喋らないようにしよう。
顔に手をあてて反省していると、
「なんだよ、シケたツラしてるな」
歯切れのいい声が飛んできた。
「フラれたのか?」
ティーカップの座っていた席にどかっと腰を下ろしたのは、シキだ。

「お前、いきなりそれはねえだろ?」
トキオが反論すると、シキは続けて言った。
「だってあんた、あのエルフに惚れてんだろ?」
「なんで知ってんだ!?」
「カマかけたに決まってんだろ、こんな手にひっかかんなよ」
「あ~」
トキオはテーブルにべたりとはりついた。

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