115.シャンパン

ティーカップが座ったすぐ後に、イチジョウもやってきた。
ヒメマルはブルーベルの肩を抱いたまま、2人にも"ラブラブ宣言"をした。

「おめでたいですね~」
イチジョウが拍手する横で、
「ラーニャ、こういう男が好みだったのか?」
ティーカップがヒメマルを指差しながらベルを見る。
「なんでみんなそういう言い方するの!?」
ヒメマルは眉をハの字にしている。

「ラーニャて、ベルちゃんのほんまの名前?」
クロックハンドがブルーベルに聞く。
「愛称がラーニャなんだ。正式にはグラニアっていう」
「ほな、ティーはベルちゃんのこと思い出したん?」
クロックハンドはティーカップを見上げた。
「忘れてたんじゃない、僕が知ってたころからずっと成長していて、わからなかっただけだ」
「ほんまかいな~」
訝しげなアヒル顔を見て、ブルーベルが笑う。
「とりあえず、ラブラブのお祝いしようや」
クロックハンドが手を挙げると、「へい!」と景気のいいウェイターがやってきた。

クロックハンドがシャンパンと小品を頼んでいる時、イチジョウがいきなりティーカップに、
「ティーには、気になる人はいないんですか?」
と振ったので、トキオはドキリとした。
「僕か?…」
ティーカップは腕を組むと、しばらく宙の一点を見あげていたが、
「…いないこともない」
さらりと返した。

その瞬間トキオの頭の中には、ビアスの姿と、以前ティーカップにラブレターを渡しに来たエルフの顔と、その他色々のモヤモヤとした大勢の見知らぬ人のイメージが流れるように映し出されて、最後に「実は…オレ?なーんつって」という言葉が、
「トキオ君は?」
「ぉぅお!?」
「トキオ君には、気になる人はいますか?」
イチジョウは意味ありげな目で笑いながら、トキオを見ている。
「俺?俺はー、俺…、ほら、なあ。その、なりにな?あるわけだよ」
「わかんないよ~」
ヒメマルがケラケラ笑う。
「いるってことだよ」
トキオは投げるように言って、やや赤くなりながらあさっての方を向いた。
それを眺めつつイチジョウがティーカップに目を走らせると、彼はメニューを手に、注文したシャンパンがどれなのかをクロックハンドに訊いていた。
-全く、読ませてくれない男だな。
イチジョウは心の中で、息を吐くように苦笑した。

ほどなく、あの居酒屋店員のようなウェイターがシャンパンとグラスを運んできた。
ウェイターはメンバー全員の前に丁寧にコースターを並べると、グラスを置き、シャンパンを注いで、カウンターに戻って行った。
「ほな、ヒメちゃんとベルちゃんの幸せを祈って~」
クロックハンドが音頭をとって、
「乾杯!」
丸いテーブルの中心でグラスが鳴る。
一口飲んで、
「いやー乾杯っていいよねえ」
ヒメマルが言い、クロックハンドが頷く。
「めでたいと酒も美味くなるやねー」
「なあ、ここでコースターなんか持ってこられたの初めてだよな?」
トキオは、コルク製の小洒落たコースターを手に取った。

「注いでくれたんも初めてやで」
クロックハンドが言うと、イチジョウはさっきのウェイターの方を見やった。
「シャンパンを頼んだらそういうサービスがついてくるんですかね?」
「あのウェイター、見慣れない顔だったな」
ティーカップが呟く。ヒメマルがわざとらしく深刻な顔を作って、
「実はウェイターになりすました刺客で、シャンパンに何か入ってたり!?」
とシャンパンを眺めた。
「どっから送られた刺客だよ」
トキオは笑いながらコースターを弄んでいたが、いきなり真顔になった。

「どうしました?」
「まさかほんまに何か入ってた?」
イチジョウとクロックハンドが言い、他の者も皆トキオを見ている。
「いや、何でもねえ」
トキオは小さく笑うと、シャンパンを飲み干した。

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