113.相席
7時半をまわると、イチジョウもクロックも店を出た。離れたテーブルでビアスと話しこんでいたティーカップは1時間ほど前にひとりで席を立って、そのままだ。多分、宿に戻ったのだろう。
ルームサービスでは全く満足できないトキオは1人でギルガメッシュに残り、メニューとにらめっこしている。
隣の席に着く人影が目の端に入ったが、相席は日常茶飯事だ。
あまり気にせずに、手を挙げてウェイターを呼びながらメニューを下ろして、トキオの心臓は止まりかけた。
相席してきたのは―ビアスだ。
「はいよ!何にしやす!!」
ウェイターというよりは居酒屋のアニキのような店員がやってきて、元気にそう言った。
トキオは気を取り直して五品+ビールを注文し、続けてビアスも三品ほど注文した。
ウェイターが威勢良く返事をしてカウンターに戻って行くのを見送ると、ビアスがトキオに視線を合わせた。
「リヒトのパーティのリーダーだろう」
ビアスの声は低く落ち着いていて、よく響く。
「あ、うん、一応。あいつのことはティーカップって呼んでるけど」
気おされそうになりながら、トキオは出来るだけはっきりと答えた。
「そうだったな。俺はビアス」
ビアスは微笑むと手を差し出してきた。
「…トキオだ」
名乗りながら、トキオはその掌を握った。
逞しいようでいてしなやかな、不思議な感触だ。
「若いんだな」
ビアスはトキオの瞳の奥を探るように―トキオはそう感じた―覗き込んで、落ち着きのある笑みを見せた。
「ガワより中身が10歳ほどガキなもんで」
トキオはおどけるようにして目を逸らした。
「転職の加齢か。不思議なシステムだな」
「はいよ、お待ち!」
先ほどのウェイターが、景気よく飲み物を運んできた。
トキオにビール、ビアスにはティーカップがよく飲んでいるものと同じワインだ。
「新しい友に」
ビアスは3分の1ほどに軽く注がれたワイングラスを、トキオに向けた。
「…、共通の友人に」
いまひとつ気の利いた言葉じゃねえな、と思いながら、トキオはとりあえず笑顔を作ってジョッキを低い位置からワイングラスにあてた。
「リヒトは…、ティーカップか。君たちに俺のことを友人と言ってるのか?」
軽くワインに口をつけて、ビアスが言った。
「…そう、聞いてる…」
トキオはジョッキを傾けながら、ビアスの表情をうかがった。
「ふぅん」
ビアスは口元を緩めたままで、視線をワインのラベルに落とすと小さく唇を動かした。
微かな声だったが、トキオには「相変わらずだな」と言ったように…聞こえた。
「あいつは、迷惑をかけてるんじゃないか?」
すっと貌をあげて、ビアスが訊いた。
「…いや、マイペースでちっと困ることはあるけど、俺なんかは助けてもらったこともあるし」
「あいつが?人の面倒を見ることがあるのか」
ビアスは眉で驚くと、小さく笑った。
「…まぁ、あいつももう子供じゃないものな。仲間が年下だとそういうこともあるか」
独り言のような科白に、トキオは胃のあたりがモヤモヤしてきた。
友人という言葉に対する反応が気になる…のに加えて、あからさまに子供扱いされているのを感じたからだ。
若いという言い方にしても、年下という言い方にしても、遠まわしに未熟さを表現しただけだ。
顔を合わせてからずっと、静かで、しかし余裕のある笑みを湛えたままでいることも、その印象を強めている原因だろう。
トキオは人の言葉を被害妄想的に受け取る方ではない。
にもかかわらず、こんなにはっきりと馬鹿にされているように感じるのは、あるいは、ビアスがわざとそのニュアンスを強調しているせいかも知れない。
トキオはふと、年の差を計算してみた。
ティーカップがイチジョウより年上で、ビアスはそのティーカップより年上…だろう。
多分、トキオとこの男は10歳近く年齢が離れている。
21歳の自分が11歳の子供を相手にしているのを想像して、納得がいった。
-あぁ、それじゃあガキ扱いしたくもなるか。
トキオは思わず鼻で小さく笑って、同時に自分とティーカップの年の差も実感した。
自分は、ティーカップの目に男として映っているのだろうか。