112.自信と根拠

円形土砦跡からほど近い森の小川にそってしばらく歩くと、木陰でうたた寝をするヒメマルの姿が目に入った。
ヒメマルを無害な動物だと思っているのか、野生のリスが一匹、膝の上で木の実を齧っている。

「ヒメマル」
ブルーベルは、その真正面に立って声をかけた。
「…ん、あ、ベル」
目を開けたヒメマルは、すぐに笑顔になった。
「こんなとこにいるの、よくわかったね」
「カイルに聞いてきたんだ」
ブルーベルが近づくと、膝の上のリスはあっという間に木の上へ登っていった。
「それじゃ、俺になにか用事あるんだ?」
「ああ…うん。もっと早く言おうと思ってたんだけど…」
ブルーベルは真剣な顔になると、腰に手をあてた。

「ヒメマル、少し前にキャドにおかしなこと言ったんだって?」
「キャドさん?……あ…、あれかぁ…」
ヒメマルは、ばつの悪そうな顔をすると頭を掻いた。
「プライベートな話に、ちょっとつっこみすぎたかな~とは思ったんだけど…」
「プレイについてのことじゃない、それはどうでもいいんだ」
ブルーベルは強い語調で返した。

「ヒメマル、キャドをできそこない扱いしたらしいな」
ブルーベルの声には、不愉快極まりないという感情がありありと表れている。
「うんと…半端なできそこない、とは言ったよ」
おずおずと答えるヒメマルに、ブルーベルは、
「ワークリーチャーの混血の彼ができそこないなら、ハーフエルフの俺だってできそこないだ」
突き放すようにそう言った。
「ベ、ベル、ちょっと待って」
ヒメマルは慌てて体を起こした。

「何だよ」
「できそこないって、悪い意味で言ったんじゃないの、俺は」
「つまり?」
「つまり、もっとできそこないの方が良かったっていうか、えーとね…ほら、ベルは、気持ち悪~い外見のモノが好きだって言ってたじゃない?」
ブルーベルは軽く頷いた。
「でしょ。キャドさんって、フェロモンのニオイ?以外はヒトと変わらないよね。どっちかっていうとカッコイイぐらいじゃない。もっと"混ざってます"って感じの、思いっきりできそこないな外見なら、飽きられづらいんだろうなって思ったわけ。それで、貴方は半端なできそこないだからすぐ飽きられちゃうよって言ったんだよね」
「ふーん…」
ブルーベルが納得しきらない声で頷いたので、
「やっぱりちょっと言葉の使い方悪かったかなぁ。反省するよ」
ヒメマルは苦い顔でそう言った。

「じゃ、とりあえずそれはそういうことにしておく。…あと、もうひとつ。
ヒメマルが俺のこと好きで、ヒメマルが告白したら俺もヒメマルのこと絶対好きになる。…みたいなこと言ってたとも聞いたんだけど」

「え、そんなことまで言っちゃったの!?あのヒト案外おしゃべりなんだなぁ」
「別に口が軽いってわけじゃない。彼はヒメマルのことを、ちょっと思い込み強くて変な奴みたいだから、気をつけろ、って忠告してくれただけだよ」
「失礼しちゃうな~」
ヒメマルは口を尖らせた。

「…あのさ。俺、前にヒメマルみたいなタイプは全然駄目って言わなかったっけ?」
「うん、言ったね」
「そういう前提があるのに、俺がヒメマルのこと好きになるなんてこと、なんで言えるんだ?」
「…うーん…」
ヒメマルは眉間に皺を寄せて唸った。
「ヒメマルの自信って、根拠が全然見えないことがあるんだよな。それ自体は別にいいんだけど、俺があんたのこと好きになるって言い切られたからには、その理由を聞かせてもらえなきゃ気がすまない」
「…、それは、…なんていうか…、まぁ…」
ヒメマルは、腕を組んでしばらく言葉を濁していたが、そのうち軽く舌打ちすると、立ち上がった。

「くそっ、あんな奴に余計なこと言うんじゃなかった」
苛立ちを含んだ声と共に、ヒメマルが初めて見せる心底不機嫌な顔を、ブルーベルは少し首を傾げて見上げた。

「告白はもっとドラマチックに演出しようと思ってたのに」
「…」
やや戸惑うような顔で見上げているブルーベルに視線を合わせると、ヒメマルは笑顔に戻って言った。
「とにかく、俺たちはベストカップルなんだよ」
ブルーベルは唖然とした。
それでは何の答えにもなっていない。自信を自信で説明しているだけだ。
-もしかして、根拠なんてなんにもないのか?

ヒメマルはうっすらと口を開けたまま何も言えないでいるベルの腰に、両手を添えた。
「俺にはベルしかいないと思うし、俺以上にベルを幸せに出来る奴はいないからね」
ブルーベルは困りはじめていた。
とうも、キャドが言っていたように厄介な輩に好かれてしまったらしい。
「自信過剰だと思ってる?やっぱり変な奴だ、どうしよう。とか」
「…」
ヒメマルは、目を逸らしているブルーベルをにこにこしながら眺めている。
「変わり者なのは認めるよ、でも俺はナルシストなんかじゃない」

不意に変わった声のトーンに、ベルは思わず顔を上げた。
その体を引き寄せて抱きすくめたヒメマルは、森の木々にも聞こえないような声で、一番大切な言葉を小さく呟いた。

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