110.交渉技術

トキオは腕を組んで、テーブルに積まれた炎の杖を眺めた。
「こんなに集めてどうすんだ」

最初に買った二本、トキオの一本、クロックの一本、イチジョウの二本、ベルの二本、ヒメマルの三本、そして、
「四本でいいんだよ」
ひとりで七本も持ってきたティーカップに、困ったような視線を送る。

「くれるというんだからいいじゃないか」
「お前、タダでもらってきたのか!?」
「なんだ、君たちは金を払ったのか?」
ティーカップの発言に、
「タダでアイテム譲るEなんていねえよ」
「Gでもさすがに半額は取るよ~」
トキオとヒメマルが反論する。
「交渉技術の問題だろう」
「お前、どんな頼み方したんだよ。脅しまがいのことしてねえだろな」
トキオが訝しげな顔をすると、
「失敬な男だな。僕はただ、これと決めた相手を見つけたら、挨拶をして、極めて礼儀正しく―」
ティーカップはトキオの頬に触れて、耳元に触れるか触れない距離に唇を寄せ、
「炎の杖を持ってないか、どうしても欲しいんだ」
低い声で囁いた。
「ぅ、」
トキオの顔がみるみる赤くなる。
「と、お願いする。僕の紳士的な態度に感銘を受けた相手は、皆一様に無料でいいから持っていけと言う。それを受け取らないのは、失礼と言うものだろう?」
ティーカップは身体を離すと、すまし顔で言った。

「なぁるほどねー、俺もそれ練習しようっと」
ヒメマルがうんうんと頷いている。
「お、ぉま、これはお前、反則じゃねえか、ヒメマルも感心してんじゃねえよ、こんなことしてっと、ろくな人間にならねえぞ」
トキオは真っ赤になって、囁かれた方の耳に指を突っ込んだり、揉みしだいたりしている。

そんなトキオを指差して、
「見てのとおり、相手が単純な場合に限るから、気をつけたまえ」
ティーカップはヒメマルにアドバイスした。
「うるせえなぁ、くっそ~」
「単純な場合ね~。ちょっと違う気がするけどなあ」
「みろ、納得してねえぞ」
「相手がさ、こっちに気がある場合に限るんじゃないの?」
「ヒメマルー!」
トキオに両頬を引き伸ばされて、ヒメマルがへにゃあ、とおかしな声をあげるのを放っておいて、ティーカップは炎の杖の山をじっと眺めた。

「まあ確かに、持ち歩くにはちょっと多いな。使わなければ壊れることもないんだろう?」
「はい、ブレス緩和のために壊れることはありません」
ブルーベルが簡潔に答える。
「一本持ってたら威力半減させるんやろ。二本持ってたら4分の1にならへんかなぁ」
クロックハンドの意見に、イチジョウが乗る。
「それなら複数持ちたいですが、どうですか?」
「無理だよ、何本持ってても効果は同じ。数に比例して効果が出るアイテムもあるけど、これは<1+1=1>型のアイテムだ」
ブルーベルは首を振った。
「うーん、残念」
ヒメマルが小さく肩を落とす。
「ほな売るしかあらへんがな。なんやもったいないなあ」
クロックは頭の後ろに腕を組むと、突き出したアヒル口をミヨミヨと動かした。

「まぁ、ティーが貰ってきた七本分の元手はゼロなんだし、ボルタックでの売値以上で買い受けてきた人もいないわけでしょ。とりあえず損にはならないし、余りは売っちゃえばいいんじゃないの」
ヒメマルが提案すると、トキオが難しい顔をした。
「困ってるからって頼んで貰ってきたもんなのに、売っぱらちまってもいいもんか?」
「そんなことを気にしていてEがつとまるものか」
ティーカップは杖の山から、形のいいもの、汚れの少ないものを六本選ぶと、あとの十二本を抱えて1人でボルタックへ行ってしまった。

「あいつ、やけに行動的だな」
後姿を見送って、トキオが言う。
「早く10階に降りたいんじゃないですか」
「ガキみてえなとこあんだよなぁ」
柔らかい声でトキオが呟くのを聞いて、イチジョウは心中でくすりと笑った。

「で、ブレスの威力が緩和されることで、不意打ちされて全滅しちゃう確率はどのくらい減ったの?」
ヒメマルが聞くと、ブルーベルが答えた。
「六匹同時にブレスを吐かれても、トキオだけは生き残る。たぶん、瀕死になるけどね」
「実際のとこ、あのごっついのが六匹もいっぺんに出ることってあるん?」
今度はクロックハンドが尋ねる。
「普通は多くて四匹ぐらいらしいから、不意打ちで、ポイズンジャイアントで、数が六匹で、その全部がブレスを吐く、なんてのは相当運が悪い時だろうな。ないとは言い切れないけどさ」
「次のターンまでなんとか持ち越せば、マカニト一発で終わるんだけどね~」
ヒメマルが腕組みをする。
「マカニト使えるヒメちゃんとベルちゃんがしょっぱなに死んでもうたら、ごっつまずいん違うの」
クロックが言うと、イチジョウが頷いた。
「その時は戦おうと思わずに、一度逃げてしまう方が良さそうですね」
「逃げそこなったら一巻の終わりだけど、そういうこと言い出したらもう探索出来ねえしな。あ、戻ってきた」
トキオが酒場に入ってきたティーカップを目ざとく見つける。

炎の杖の売却金の分配を終えてから、パーティは10階に向かった。

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