108.ノック
「どのへんが似合わねーんだよ」トキオは少し赤くなって、小さく口を尖らせた。
「高級な宿泊施設ではもう少し静かにしろと言ってるんだ」
「あ、うん」
トキオは口に手をあてて、肩をすくめた。
そのまま周囲を見回すと、
「ひとりか?」
やや高揚していたせいか、訊かなくてもいいことを訊いてしまった。
「1人部屋だぞ」
ティーカップは怪訝な顔をした。
「いや、あの知り合いっぽいでかいエルフとか。呼んだりしねえのかなっ、てよ」
どんどん余計なことを訊いてしまって、自分で自分の言ったことにドキドキする。
「ビアスのことか?これから寝るのに、友人を部屋に呼ぶ必要はないだろう」
「…あ、…そう…そうだよな」
友人という響きに、自然と顔がほころぶ。
「おかしな男だな」
部屋に入ろうとしたティーカップを、
「あ、おい」
トキオは呼び止めた。
「なんだ」
ティーカップはまた少し眉を寄せる。
「あの、」
トキオは頭を掻いて、
「…おやすみ」
と言った。
ティーカップは一瞬、驚きと疑問を乗せたような微妙な表情になったが、その後すぐに頬を緩めると、
「おやすみ」
―と応えて、部屋に入って行った。
*
トキオは自室に入ると相好を崩した。-友人だってよー。
こみ上げるように、笑顔になる。
-まぁ~な、考えてみりゃ、俺だって色んな奴とつきあってきたけど、別れて二年も経てばすっかり思い出だもんな。なんたって、十年前だよ。やっぱ長すぎンって。
いい方に考えようと思えば考えられるものだが、しかしもちろん同時に、逃げ腰根性が口を出す。
-友人って言い方したのは、周りに色々詮索されたり干渉されるのが嫌だから、恋人って言いたくないだけじゃねえの。それに、十年経って、前よりもっと好きになってるかもな。
その考えをじっと吟味してから、トキオは鼻先で溜息をついた。
-…んとに…、ネガティブにモノ考え出すと、際限ねえや。
額に人差し指をあてて、目を閉じる。
-ここにゃ答えは入ってねえんだ。うん―
しばらく深呼吸して、
-考えんの、やめ。
とにかく好きだってこたぁ言う。そんでいいんだ。
あとはタイミングと、きっかけだけだ。
勢いよくベッドに腰掛けて壁にドカッともたれかかると、注意するように、背中にコツコツという音が響いた。
そういえば、こちらとあちらの部屋のつくりは左右対象になっていたはずだ。
壁を挟んで向こう側にあるベッドに、ティーカップがいる。
トキオは「悪い」という意味をこめて、壁を三回、軽く叩いた。
また二回、音が返ってきた。
直感的に「バカ」と言われた気がしたので、「う.る.せえ.よ」と、四回壁を叩き返した。
****** *****
長めの音が返ってきた。
恐らくなにかしらの文句なのは間違いないのだが、
「長ぇんだよ、わかんねえよ!!」
壁ごしに大声を出すと、
「さっさと寝たまえ!!!」
…おこられた。