107.大嫌いだ
「なんだ?」トキオは首を傾げるようにクロックの方を見た。
「へっへえ」
クロックはニヤっと笑うと腕組みして、あぐらをかいて話しはじめた。
「ミカヅキ灰になってずっと休んでたとき、ティーが毎日、明日は復帰できるか?って俺んとこに聞きに来てたんやけどね」
「うん」
「ティーはな、それだけやなくて、とっととカント行って早くパーティに戻って来いって、毎日俺のことせかしてたんやで」
「なんだ、あいつそんなこと言ってたのか?」
「そうなんよ。俺もあん時はさすがに、無茶言う人やなあと思ったわ」
クロックはまたにやりと笑って、トキオの顔を見上げた。
「せやから、言うてみたんや。なんでそんなにせかすんや、今入ってる盗賊がそんなに気に食わんのかって。ダブルのことやね」
「うん」
「そしたら眉間に皺寄せて、こうや。"やたらと触ってきて馴れ馴れしい、気分が悪い。腕はいいが、僕はあの男が大嫌いだ"」
トキオは変な顔になった。
「…あいつがダブルに触られてた記憶、ないんだけどな?」
「そやろ、ティーって、馴れ馴れしく触れへん雰囲気あるやんか。俺も、えらい度胸のある奴やなあと思ってな、"そいつ、ティーにべたべた触るんかいな?"って言うたんや。そしたらな」
「うん」
「…」
クロックは口元を両掌で押さえて、トキオを見上げた。
覗いている目が、思いきり笑っている。
「な、なんだよ」
「…ティーがその時、言うたこと」
クロックは、不意に前髪をかきあげて、伏し目がちに視線を流すと、少し眉を寄せ、腰に手をあてて、気取ったポーズでティーカップを再現しながら―こう言った。
「"僕じゃない、トキオに"」
「…」
理解するのに数秒かかってから、トキオは言った。
「…え、…、あの…ティーカップは、ダブルが俺に触るのが、嫌ってこと?」
「そういうことやろねえ」
「なんでだ?」
よくわからなくなったトキオは、クロックに言ってみたが、
「さーあ、なんでやろなぁ。自分で考えてみたらぁ」
と、ニヤニヤ笑いで返された。
*
トキオは少し浮き立つような気分で、宿の階段を上っていた。―ティーカップは、俺にベタベタ触るからダブルが大嫌い、ってことなんだよな?
―すっげえ単純に、いいように考えりゃ、や…ヤキモチとか…そういうことになんだ、け、ど…
「それはねーわ」
トキオは思わず声に出した。
しかし、トキオの想像力では、そういう方向以外に納得いく理由が見つからない。
「…」
トキオは、ニヤけがちな自分の顔を強く両掌で押さえつけた。
しかし嬉しい気持ちとは裏腹に、年期の入った逃げ腰根性が、頭の中で、
-ヤキモチとかじゃなくて、全然違う理由かも知れないだろ。もう駄目元って気になってんだから、変に期待持たせてくれるなよ。期待して振られたら傷つくぞ。
と、ブツブツ文句を言いだした。
トキオは頭を振った。
-なんですぐ逃げる準備しようとすんだよ、前向け。
自分を叱咤して、
「っしゃ!」
階段を上りきった所で気合を入れて勢いよく顔を上げると、廊下にティーカップがいて、こちらを見ていた。
「…、よ。」
片手を上げて、間抜けな挨拶をしたトキオに、ティーカップは、
「ロイヤルスイートの似合わない男だな」
と言うと、眉を寄せた。