105.天秤
解散後もギルガメッシュに残っていたクロックハンドを目ざとく見つけたダブルは、「こっち来いよ、ほれ、ここに座んな」
自分の両膝をポンポンと叩いた。
「おっ、特等席やなー!」
クロックハンドはピーナッツをもりもりやりながら、ダブルに腰かけた。
「何か頼むか?」
クロックハンドの腰に後ろから腕を回しながら、ダブルが訊く。
「んー、ビールとピーナッツ」
「おうよ」
ダブルは手を上げて、ウェイターに注文した。
「マメばっか食ってて鼻血出ねえか?」
「俺もそう思うんやけど、不思議と出たことあらへんね」
「なあ」
「ん?」
ダブルはクロックの頬に、自分の頬をぴたりと当てた。
「急で悪いんだけどな、マジメな話あんだ」
「うん、なん?」
「好きんなった」
「ヌ?」
ピーナッツを頬に詰めたままで、クロックは変な声を出した。
「お前さんのこと、マジで好きになった」
「…」
クロックは目を丸くしてピーナッツをもくもく噛み砕くと、ビールで流し込んだ。
「俺ぇ?」
「そうだ」
「…いきなりやなぁ」
「びっくりか?」
「びっくりやわ。トキオのこと気に入ってたんと違うん」
「あいつも可愛いけどな、またちょっと違うんだよ」
「ふぅーーんー」
クロックは、頷くのと同時に唸った。
「俺を男にする気にはなれねえか」
「うー、んー、や。そらな、俺がフリーなら、すぐオーケー言うてるよ」
「じゃ、恋愛対象として見れる男のリストには入ってんだな」
「もちろんやぁ、ええ男やもん」
「よーし、そんじゃあとは乗り換えてもらうだけだな」
「あー、あのな、でもな、」
クロックは自分の腰を抱いているダブルの右腕をいじりながら、
「今の男の安定度、高いからな~。そうそう乗り換えるっちゅうわけにもいかんのよ」
と言った。
「俺じゃ安定しそうにねえってかぁ」
「ダブルは誰とでも仲ええからなあ。いや、それはええねんで。俺別に独占欲とか強ないし。でも、飽きるん早そうに見えるわな。乗り換えたはええけど、すぐ飽きられて他行かれてもうたらシャレならへんからなー」
「あぁあ、そういうこたぁよく言われんだよなあ。そんなことねえんだけど、俺が言っても説得力ねえみたいなんだよなあ」
ダブルは少し思案して、
「わかった、そんじゃこうだ」
と切り出した。
「今すぐ乗り換えろとは言わねえ。当分お試し期間ってことにしてよ、どっちともつきあうってのはどうだよ」
「なんや、二股かけえってかい!?」
クロックは驚いて大きな声を出した。
「寝起き一緒の男と、酒場でたまに会ってるだけの男じゃ、どう考えたって俺の方が不利じゃねえか。天秤にかけられるんなら、出来るだけ同じ条件でかけられてえんだよ」
「そらそうやろうけど」
「お前さん次第だ、どうする」
「ええんかなあー、なんや、ごっつ贅沢やない?」
「いいんだよ、惚れさせたもん勝ちだ」
クロックはしばらくアヒルになって、困ったように何度も首を捻っていたが、
「ほな、せっかくやし…。お言葉に、甘えてみよかなあ」
と頷いた。
「よっしゃ!」
ダブルは破顔すると、柔らかいクロックの頬に吸い付くようなキスをした。