104.ラーニャ

ブルーベルの説明は簡潔だった。

ビアスは、ティーカップとは家族ぐるみのつきあいのある幼馴染みで、
やはりというか、恋人同士 ―

だった。

「だったってことは、今はそうじゃないってことか?」
「…どうだろうな」


ティーカップが、まだ実家(かなり大きな邸らしい)で暮らしていた頃。
厨房で働く両親と共に邸に住み込ませてもらっていたブルーベルは、ティーカップによく構われていたので、その恋人 ―いつから友人から恋人になったのかは、幼いブルーベルにはよくわからなかったが― である、ビアスとも面識があった。

ベルが7歳の時のことだ。

ビアスは貴族であったらしい「家の用事」で、「遠い国」に出かけて―


それきり、帰って来なかった。


「ビアス様が入国したすぐ後に、遠い国で、戦争がはじまってしまったんだよ。戦争が起こると国から出られなくなることがあるからな」
料理長だった父は、ブルーベルにそう説明した。

それから二年ほどしてブルーベルはティーカップの家を離れることになったのだが、少なくとも、その二年の間にビアスが帰って来ることはなかった。


「父はそんな風に説明したけど、彼は死んだんだっていう暗黙の了解みたいなものがあって、それは子供の俺にもわかったよ」
「…」
「俺が知ってるのはそれだけだ。だから、彼らの関係が今どうなのかっていうのはわからない」
「…そ、か…」
トキオは溜息をつくと、ゆっくり唇を舐めた。


-ドラマチックすぎる…。


城下町に生まれてごくごく平凡に生きてきたトキオには、別世界の話のようだ。

「とりあえず、ギルガメッシュで逢った時の反応からすると、あれ以来2人は一度も逢ってなかったんだと思う」
ベルは腕組みをして、首を軽く傾けた。
「とすると、十年ぶりの再会だ」
「…あ、そうか…。そんな前の話になんのか…」
「そうなんだ。だから―」
「ラーニャ!」

トキオの背中ごしにかけられた響きの良い声に、ブルーベルが反応した。
「やっぱりそうだ」
「嘘だろう?」
トキオの横をビアスとティーカップが足早に通り抜けて、ベルを挟むように立った。

「ほらみろ、ラーニャだ」
ビアスが言う。
「…、でも、ラーニャは母親似のブロンドだったんだぞ」
「染めてるんだろう、父様の髪がいいっていつも言ってたじゃないか」
「そうなのか?」
勢いよくやりとりする大男2人の壁を交互に見上げると、ベルは少し肩を竦めて、
「そうです」
と、小声で答えた。

「本当か!?ラーニャはこーんなだったんだぞ!」
ティーカップは素っ頓狂な声を出すと、自分の腰あたりで掌を水平に動かした。

「十年も前ですよ、坊ちゃま」
「全然わからなかった。僕の名前も知ってるし、君は何か変な力でも持ってるのかと思ったぞ」
「すみません」
「初めて会った時に言ってくれれば良かったのに、人が悪いな」
「青い髪を見た時点で連想してもいいもんだ、そんじょそこらにいるもんじゃないぞ」
「すっぽ抜けてたんだ」
「あの…、忘れられてたら寂しいと思ったもので…言えなくて」
ベルがまた小声で言うと、
「忘れたんじゃなくて、わからなかっただけだ」
ティーカップはベルの頬を両手で包んで、
「あんなに可愛かったラーニャを、忘れるはずがないだろう」
額にキスをした。
「ラーニャ、3人でゆっくり飲まないか」
「あ、はいっ。…、」
ビアスの提案に頷いたブルーベルは辺りを見回したが、トキオはもういなかった。

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