103.毒巨人
ドアの向こうにいたのは―「こわいぃーーーーー!!!!」
クロックハンドが大声で心の底から素直な感想を述べる。
ワンテンポおいて驚きたくなるような、毒々しいピンク色の肌をした、身の丈数メートルの巨人だった。
しかも三匹。
「こっここ、怖わわがってる場合じゃねえだろ!」
後衛にいるトキオでも怖い。
「わかってんねんけどこわいーー!!」
「こいつなんだ、えーと」
トキオがブルーベルを見る。
「ぷっ、ポ、ポイズンヤイジャント。ちがっ」
「ベルちゃんが噛んどるがな!!」
「つっこんでる場合じゃないだろう」
ティーカップが平坦な声で言う。
「おい、ブレス吐くんじゃなかったか!?」
イチジョウの口調からは丁寧さが剥がれ落ちている。
「ほな逃げあかんねやんか、そんなんもっと早く言わなあかーん!!
クロックハンドはその場で駆け足状態の足踏みをしはじめた。
「なんでもいいから斬れって、斬れって!!」
トキオが雑な指示をする。
「言ってるヒマがあったらマリクトでも唱えたらどうだ」
「そうだよ!!ってお前もだよ!!」
何もせずに眺めていたティーカップにトキオが言い返す。
ここまで約8秒。
その間に詠唱を終えたヒメマルが放ったマカニトで、巨人達は一瞬で塵になって崩れ落ちた。
「…やっ、た!」
ブルーベルが擦れた声を出す。
「ヒメマル、ナイス!ナイス記憶力!!」
トキオに肩を叩かれたヒメマルは、ふらりとよろめいた。
「…ま…マカニト…効くんだ…」
「わかってて唱えたんじゃなかったのか」
イチジョウが訊くと、
「…」
ヒメマルは、変な笑顔で首を振った。
この日の探索がそれで終わったのは言うまでもない。
*
ギルガメッシュに戻り、全員がテーブルについてから、トキオは咳払いをして、「皆さん、反省点はひとつです」
仰々しく言った。
「びびりすぎや」
テーブルに肘をつき、顔の前で手を組んだクロックハンドが力なく言う。
「そう」
「新しい怪物を見る度にあんな状態になっていたら、そのうち全滅するぞ」
ティーカップが言うのに、
「お前も全然動いてなかったけどな…」
トキオが静かに返す。
「ですが、話に聞くのと実際見るのとであんなに違うとは思いませんでしたよ」
落ち着きを取り戻したイチジョウが肩を竦める。
「10階って、あんなのばっかりなわけ?」
ヒメマルが言うと、トキオは頷いた。
「そう思っといた方がいいだろ」
「資料を暗記するぐらい熟読しないとな」
ブルーベルも額に手をあてて、自戒しているようだ。
そんな具合にひととおり反省を述べ合って、早めの解散となった。
イチジョウ、クロックハンドは宿に戻り、ヒメマルは風呂に行くと言って出て行った。
ティーカップは既に店にいた例のエルフ…ビアスのテーブルで、また話しこんでいる。
トキオはブルーベルを店の外へ呼び出した。
*
「悪いな」ギルガメッシュの店先から少し離れた所まで来てから、トキオは頭を掻いた。
「いいよ。何?」
「…あのな、…」
トキオは唇を舐めると、深呼吸をしてからベルを真っ直ぐ見つめて、
「教えてくれねえかな、あの…、でかいエルフ、ビアスったっけか。と、ティーカップのこと」
と、言った。
「…」
ベルは口元に手をあてて、思案顔になった。
「あ、あのな、人のことって、あんま、言いたくないってのは、わかんだ、でも、…興味本位とか、そういうんじゃなくてな、…俺、…」
トキオは下を向いて、ブーツの先で地面をざりざりと小さく擦った。
「あいつのこと、好きなんだよ」
顔を少し下げたまま、上目づかいでこちらを伺うトキオを見て、ベルはほんの少し口元を緩めた。
「わかったよ」