101.資料

「うちのガリ勉が、こんなもんを作りました」

次の日の朝、10階の情報を交換する段になって、クロックハンドがメモ帳サイズの綴りを取り出した。

「どれどれ。やや、これはまた…」
イチジョウが感嘆の声をあげる。
「うわ、すごい」
「流石だな」
ヒメマルとブルーベルは、資料を挟むように見ながら言い合った。

それはミカヅキが実体験を元に作った、10階のモンスターのデータ表だった。
弱点はもちろん、外見上の特徴をとらえたイラストや使用魔法、特殊能力、危険度などのほかに、ひとくちメモまでついている。

「こんなの一日で書いたのか?」
トキオがクロックハンドを見る。
「寝る前にメモ書いててくれて言うたん。朝起きたら出来とった」
「寝てないんじゃないの」
ヒメマルが言うと、クロックハンドは頷いた。
「多分そやと思う。俺が起きても、がーがー寝とった」
「愛ですねえ」
イチジョウがしみじみと言った。
「その資料に書いてある、悪魔に分類される怪物の名前を全部言ってみてくれ」
全員のメモを読みふけっていたティーカップが、一枚のメモを睨みつけるように眉間に皺を寄せながら言った。

「えーと、レッサーデーモン、グレーターデーモン、マイルフィック…三種類やね」
「ふーむ」
クロックハンドが読み上げると、ティーカップは更に険しい顔になった。

「どうしたんです」
「いや、トキオの資料にしか出てこない悪魔がいるんだ」
「そんなのいたか?」
トキオが気にして覗きこむ。
「名前からすると、礼儀正しい悪魔みたいだが」
「???」
皆に見えるように、テーブルにメモを置いて、
ティーカップが指差したところには、

GREETER DEMON

と書いてあった。

クロックハンドが吹き出した。
他のメンバーは、どうにかこらえてトキオから目をそらした。
「スペル間違いだって、見りゃわかるだろ!!」
トキオは赤くなってメモをひったくった。
「挨拶をかかさない紳士的な悪魔でもいるのかと―」
「いねえよ!!」
「なんで怒ってるんだ、悪いのは情報を正しく伝えなかった君じゃないか」
何か言おうとするトキオを放っておいて、ティーカップは全員のメモを見やすく並べた。
「ナガッパ君の資料が一番整っているのかも知れないが、一応全部に目を通しておいた方が良さそうだ。同じモンスターの説明でも、情報源の職業によって印象が違う」
「ナガッパとか変な風に略さんとってー!!」
*
しばらくして、全員が全ての資料を読み終わった。

「ここんとこは全員絶対しっかり読んでくれって言われてるんやけど、みんながっつり読んだ?」
クロックハンド指したのは、ミカヅキが図解つきで10階の構造を説明しているページだ。
図解によると、10階では、
・一本道の通路を進み
・突き当たりの扉を守るモンスターを倒し
・部屋に入り、地上への魔方陣か先に進む転送装置を選ぶ
・転送装置を選んだら、また別の一本道の通路に飛ばされる
ということを繰り返して、先へ先へと進んでいくようだ。
その下には注意書きが続いている。

「転送で次の通路に飛んだら、前の部屋に戻る方法はない。っていうところが怖いですね」
イチジョウが言うと、クロックハンドが頷く。
「そうなんよね。10階ではマロールも使われへんらしいから、通路から地上に戻ろうと思うたら、通路の先の部屋を守っとる、いわゆる守衛のモンスターを倒して、魔方陣を使うしかあらへんわけや」
「通路に飛んだ時点で、守衛を倒せないぐらい消耗してたら、守衛に殺されるか、通路で餓死するしかないってことだな」
ブルーベルが静かに言った。ヒメマルがぶるっと肩を震わせる。
「少し余裕があるぐらいの状態で、地上に戻った方が良さそうだね」
「うん。あとこれな。進みすぎて、ワードナの部屋に繋がる通路まで入り込んじまったら、ワードナ倒すしか地上に出る方法がない、ってのが一番こええよ」
トキオが指差したその一文は、大きく太い字で目立つように書かれている。
5回守衛と戦ったら地上へ戻るべきだ、という警告つきだ。
「どんだけ調子良くても、探索は5つめの部屋までってことで、素直に従っとこう。な」
トキオが真剣な顔で言うと、皆頷いた。

「あと、モンスターの情報な。要注意って書かれてるのが多いんだよな」
トキオに続いて、イチジョウも言った。
「9階までと同じと思わない方がいい、という意見も多いみたいですね」
「10階まで余計な消耗せんと、ベストの状態で降りれたらええんやけどなあ」
クロックハンドの希望に、
マロール使うか?」
ブルーベルが解決策を出したが、その瞬間「うっ」とばかりに空気が止まった。

「無駄がないし、楽だし、それはいい手だな」
腕と脚を組んで悠々と座っているティーカップだけがあっさり頷いたが、他のメンバーは顔を見合わせている。
「なんだ、君達は嫌なのか?」
「嫌っていうか、ちょっと怖いっていうかぁ」
ヒメマルが肩を縮める。
「それは、マッパーのイチジョウに失礼というものじゃないか」
「でも、私も怖いです」
イチジョウが素直に答える。
「自信がないのか?」
「そういうわけじゃないんですが…」
「だったら大丈夫だろう、マップを出したまえ」
促されて、イチジョウは懐からマップを取り出し、テーブルに広げた。

「きちんと計算さえすれば、何も怖いことがあるものか」
ティーカップは、1階と9階のマップを見比べてから、
「単純じゃないか」
1人で頷いて、マップをイチジョウに返すと立ち上がった。
「行くぞ、何をぐずぐずしてるんだ」
さっさと店を出ていくるティーカップに、メンバーは慌てて続いた。

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