100.同志
飲みながらだが、ダブルは細かくレクチャーしてくれている。「で…まあ、他の階にいるようなのもうろついてっから、つい油断しちまうがな。そういう時に限ってとんでもねえ奴が出るもんだ。10階にいる間は、絶対気ぃ抜いちゃいけねえ」
「…とんでもねえのってのは、例えば?」
「そうさなぁ、グレーターデーモンだの…」
「グ、レー、ター…」
トキオはカウンター席で慣れないメモをとっている。
「綴り間違ってんぞ」
「細かいこと気にすんなよ」
「しっかし汚ねえ字だなあ、俺も人のこた言えねえけど」
「うるせえなあ~」
「かっはっは!ま、一休みしろよ、ほれ」
ダブルはジョッキをトキオの前に置いた。
「気ぃ紛らわそうってのはわかるけど、あんま根つめんなよ」
「…」
「アレ、気になってんだろ?」
ダブルは店の奥の方へ顎をしゃくった。
一番奥のテーブルで、ティーカップとあのエルフが話しこんでいる。
「…~…」
トキオはビールに口をつけた。
「どうなんだよ、ティーカップの男なのか?」
「わかんねえ」
「お似合いだよな」
「はぁあ」
トキオは脱力してカウンターに額をつけた。
「もうちょっと早く現れてくれてりゃあ、こんな気分にならねえで済んだのによぅ」
「情けねえこと言うなよ。もしあれがティーカップの男でも、だからどうしたってんだ。マジで惚れてんなら奪っちまやいいじゃねえか」
「…か…」
「あん?」
「勝てる気が全然しねえ…」
「おーいおい、不戦敗しようってのか。そりゃちょっといただけねえぞ」
「でもよ~」
「頑張れって、同志として応援するぜ」
ダブルはトキオの肩をポンポン叩いて、カラカラ笑った。
「同志?って、なんだ?」
トキオは思わずカウンターから顔を上げた。
「俺も今、男持ちに惚れてんだ」
ダブルは親指で自分を指した。
「マジかよ」
「大マジよ。俺ぁ、真正面から行くつもりだぜ。相手が相手なんで、ちょいと命がけの感がねえでもねえがな」
ダブルはまた、カラカラ笑った。
「…それってのは…」
「大体わかってんだろ」
ダブルはビールをあおった。
「あいつはいい。気風が良くて、情がある。話もうまい。大きくはねえが、抱き甲斐のありそうな体してるしな。初めてツラ合わせてからそんなに経っちゃいねえが、どうにも惚れちまった」
「…」
トキオはスルメを噛みながら、ダブルの強さが滲み出ている横顔を眺めた。
遊び目的の時はあっさりと引き下がったが、本気になると全く引く気はないらしい。
「説教はガラじゃねえけど、お前さんどうも後ろ向きだからな。ひとつだけ言っといてやるよ」
ダブルはトキオの咥えていたスルメをちぎると、自分の口にほうりこんだ。
「こっちから惚れたって言い出す時、それからどうなるか、結果知ってんのは相手だけだ」
トキオのこめかみを指先でトントンとつついて、
「こん中ぁいくら捜したって、答えは入っちゃいねえよ」
そう言うと、ダブルはもう一度笑った。