98.ビアス
9階でたっぷりと戦闘をこなしたパーティは、いつものようにギルガメッシュで夕食を摂り、手に入れたアイテムの分配をしていた。「色々あったけど、今日のお宝はこれだけ。あとは売りだ」
迷宮を出る前に鑑定を済ませていたブルーベルが、テーブルにひとふりの剣を置いた。
「これは?」
「まっぷたつの剣。今ティーやヒメマルが使ってる切り裂きの剣より、ひとつ上になる」
「じゃ、前衛のヒメマルにだな」
「それじゃベル、売却よろしくね。重さ大丈夫かな?」
「大丈夫」
ヒメマルが、使っていた剣を売買役のブルーベルに渡す。
「10階に降りるには、装備に不安があるような気もしますが…」
最強と言えるような装備は、イチジョウのムラマサと悪の鎧だけだ。
「せやけど、ええもんは大方10階に転がってるて、ダブルが言うてたで」
クロックハンドが言う。
「つまり、それだけ強力なモンスターがいるってことだよね」
ヒメマルが真剣な顔で考えている。
「ケタ違いなのもいるってことか」
トキオが腕組みをする。
「最深階やもん、有りうるわな」
「予備知識を仕入れておいた方がいいんじゃないかな」
ブルーベルが言うと、トキオがすぐに賛同した。
「そうだよな。10階に降りたことのある知り合いに、色々聞いておくってのはどうだ」
「ほな俺、ミカヅキに聞くわ」
「俺、カイルに聞いてみるよ」
「俺はキャドに聞く」
「私はササハラ君に聞きます」
「そんじゃ俺はダブルに聞くわ」
数秒の間の後に全員の視線を浴びたティーカップは、
「そして僕は君達全員から聞かせてもらう、というわけだ」
軽く肩をすくめて、大きくW字型に腕を上げた。
*
今夜中に情報を集めなければ、明日10階に降りられないということで、そのまますぐ解散することになった。「じゃ、悪いけどそれ頼むな」
トキオに言われて、
「ああ、売却分の分配はまた朝に―」
識別済みの荷物を持って立ちあがろうとしたベルが、トキオの頭の向こうを見つめたまま、動きを止めた。
「んん?」
「どうしたの?」
トキオとヒメマルが視線の先を追った。
ギルガメッシュはいつも通り賑わっている。ベルが何を見ているのか、よくわからない。
「なんです?」
「なんかあるん?」
イチジョウとクロックも同じようにそちらを見たが―やはりわからない。
「坊ちゃま」
ブルーベルが、視線を止めたままで呟いた。
反応する者はいない。
「リヒト様」
ブルーベルは、あくびをしているティーカップに向き直って、そう言った。
「…君は」
怪訝な顔をして問いかけようとするティーカップを遮って、
「あれを」
ブルーベルは見ていた方を指差した。
そのブルーベルをしばらく見つめてから、指の先に視線を移したティーカップは、突然、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
それに驚いて振り返ったパーティを更に驚かせたのは、
「ビアス!!」
とてつもない、ティーカップの大声だった。
一瞬、ティーカップを中心にして、無音の円が出来た。
-しばらくして、
再びはじまった喧騒の中から、黒髪のエルフが1人、ゆっくりと立ち上がった。
服装のせいもあるだろうが、随分と背が高い―トキオがそう思うのだから、かなりのものだ―その男は、ティーカップを認めると目を細め、口元に笑みを湛えて、小さく首を振った。
否定ではなく、"信じられない"―という動きだ。
ティーカップは、人の座っている椅子を蹴散らすように掻き分けながら、そのエルフの元へ向った。
相手も同じように歩み寄る。
どこか似た雰囲気を持つ2人のエルフは、固い抱擁を交わしてから、空いている奥のテーブルに向かって行った。