95.肴

ギルガメッシュでクロックハンド、ダブルと一緒に夕食を摂って宿に戻ったイチジョウは、窓から覗く鏡のような月を肴に一杯やりながら、工房から帰ってすぐ探索に向ったササハラの、今朝方の告白を思い出していた。
*
「ですから、ファザコン、です。ファザコン」
ササハラがなかば開き直りのように繰り返すので、イチジョウは困惑してしまった。
「…私が…あの…、お父さんに似てるんですか?」
「じゃなくて、」
ササハラはイチジョウの方を向かずに、少し俯いて床を見ながら続けた。

「そうではなくて…私には、親父はいませんでした。それ故か、親父のような。いや、これも自分が勝手に描いたもので、実際にどういうものか、わかってそう言うわけではないんですが、…ええと」
言葉がうまく出てこないのか、ササハラは苛立つように抱えた刀の柄を床に当てて、コツコツと鳴らした。

「その…イチジョウ殿が、自分が描いた親父の像…のようなものと、とても重なったもので」
「…お…親父ですか…」
イチジョウが、どう反応していいのか困っていると、
「いや、親父といってもそういう…歳がどうとか、老けているとかそういうことではないんです。雰囲気が落ち着いておられて、それでいてこう…可愛…これもちと失礼ですか…参ったな」
ササハラは、立てた自分の両膝の間に頭を埋めてしまった。

理想の親父像(?)に重なったからといってその相手を手篭めにしてしまうのは、何か「ファザコン」とは違うんじゃないだろうか。…とも思ったが、言いたいことはなんとなくわからないでもない。

イチジョウは、うなだれているササハラに座ったままにじり寄って、その肩を抱いた。

「…本当は、ずっと、こういうことは言わずにおこうと思っていたんですが…」
頭を下げたままで小さく言うのを聞いて、イチジョウは相好を崩した。
「私は最初、ササハラ君は常に凛として、手のかからない男なのだと思ってました。正直、少し物足りなかったくらいです。変な話ですが、酔っぱらって暴れているのを見つけた時は安心したぐらいなんですよ」
ササハラがちらりと顔をあげた。

「最近気付いたんですが、どうも私は手のかかる男の方が好きなんです。もちろん、それ以外にも惹かれる部分がある、というのが前提なんですけど…。はは、何か偉そうですね」
照れ笑いしながら袖の中で腕を組んだイチジョウをじっと見ていたササハラは、
「イチジョウ殿」
先ほどまでとは違う、はっきりとした語調で切り出した。
「はい」
「歯に衣着せるのはやめます」
体の向きを変えて正座に座りなおし、ササハラは深く頭を下げた。

「この国での探索を終えてからの道行き、何処へと決まったものではありませんが、どうか、同道していただきたい」
*
「喜んで」 と答えたイチジョウは、同道「させていただきたい」ではないところにササハラらしさを感じて、内心微笑んでしまった。

-トキオ君に、彼の押しの強さの何分の一かでもあればねえ。

自分の身の置き所がとりあえず落ち着いたせいか、今までよりも周りが気になる。
イチジョウの酒の肴は、トキオに移った。

-…それにしても、自分の恋愛感情を今頃になって認めたとは。

ペースが人それぞれなのはわかるが、そんな調子であのティーカップを落とせるだろうか。

二回転職をしたせいで、さすがに顔つきは子供のものではなくなってきた。
外見的な釣り合いは取れなくもないが…

-精神面の自信が足りないんだな。

ひとり、思い通りの転職を出来ないでいることが、元々の恋愛マイナス思考に拍車をかけているのは間違いない。
忍者になれれば大きく変わるかも知れないが、盗賊の短刀での転職となると、本人の努力云々よりアイテム自体が見つかるか否かという運任せの度合いがかなり高くなる。

アイテムでの転職が、彼の精神面を充足させられるだろうか。

-…そこまで難しく考えすぎはしないかな…。

ある意味、能力値の上下も運任せな部分がある。

頷いて徳利を振ると、滴が落ちた。

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