94.前髪
「…ちゃんと食うよ、最後によ」トキオは口を軽くヘの字にすると、唐揚げをつまんだ。
「肉、肉、肉、肉、肉、野菜、そういうのを"ばっかり食べ"というんだ。有能な将軍になれない者の食べ方だ」
唐揚げをモグモグやりながら、
「…わぁかったよ、順番に食べりゃいんだろ?…あれ」
トキオは隣に座ったティーカップを改めて見て、驚いた。
転職して以来、ずっと撫で付けていた長い前髪が降りている。
美容院前で一度別れるまではいつもの髪型だった。人が髪をいじっているのを見て、自分もいじりたくなったのだろうか。それとも…
-…
俺、確か、降ろしてる方がいいって言ったよな。
…
いや、そりゃ、いい方に考えすぎか。
でも、…
トキオの鼓動が少し早くなる。
「ワインと、ステーキを」
ティーカップが、ウェイターに夕食を頼む。
「あの」
トキオは、焼肉を見つめながら、
「髪、…それ。いいな」
少し上ずった声で言った。
ティーカップは、もくもくと食事をとり続けるトキオをしばらく眺めていたが、ゆっくりと、
「ありがとう」
と、言った。
いつもと声の調子が違うので、思わずトキオが顔をあげると、ティーカップは、
見たことのないような、柔らかい ― 笑顔で、こちらを見ていた。
一気に、心拍数が、倍になった。
体の外に、音が漏れているような気がする。
…頭が、熱くなってきた。
-これ絶対、顔真っ赤になってんぞ、ガキか俺は!?
トキオは顔を伏せて、食事に没頭した。
*
トキオの食事が終わる頃に、ティーカップの頼んだものが運ばれて来た。「…今日の転職で、ヒメマルがロードになったろ」
トキオはティーカップの側の腕で頬杖をついて、視線を合わせないようにしながら話しかけている。
「ああ」
「そんでクロックが忍者、イチジョウが侍。つまり、前衛になれる職がお前含めて4人になったわけだから」
名前を言う度、テーブルに指で○を描く。
「お前の指がなんともなくなるまでは、ヒメマルに前衛にまわってもらって、…お前は、後衛で呪文使ってりゃいいと思うんだよ」
「そうだな」
ティーカップはステーキを手際よく切りながら口に運んでいる。左手には薄手の手袋を着けている。爪の怪我は、日常的な動作程度であれば支障はなさそうだ。
「したら、滅多に剣握らなくていいし…そんで、それなら、ぐるぐる巻きにすんじゃなくて、こっち使った方がいいんじゃねえかと思って」
トキオはザックから指先が出るタイプのグローブを取り出した。
「…君は本当におせっかい好きだな」
ティーカップは毎度の憎まれ口を叩いたが、…目元は笑っている。
「困りゃしないだろ」
トキオはグローブを弄びながら、口を尖らせた。
「ただ、前衛が麻痺とかでお前がスライドして前に出ることになったら、このグローブだと怪我しやすいから、あんま強く薦めたくはねえんだけど」
「それも考慮した上で、そのグローブは選択肢に入れておこう」
ティーカップはトキオからグローブを受け取った。
*
「やや、本当ですねえ」「な、ええ感じやろ~、邪魔したあかんでえ。やっとトキオが自分の気持ち自覚してんやからぁ」
工房から帰って来たイチジョウは、ダブルと一緒に離れたテーブルに座っていたクロックに引き止められていた。
「にしても、えらい早かったやん」
「行きは馬車だったんですが、帰りはテレポートの魔方陣でね。一瞬で戻って来れたんです。すごいですよ、あの工房は」
「そういう話、ベルちゃんなんかごっつ興味持ちそうやね」
「そうですね、彼は…今日は読書ですか?」
「うん、図書館行くて。勉強家やわ」
「ヒメマル君は?」
「なんや貴族みたいなナリで、えらい大荷物かかえて服屋まわっとったで」
「ああ…」