93.焼肉定食

髪を今までよりやや短く切って、美容院から出ると、ティーカップはもう用はないとばかりにどこかへ行ってしまった。
一人でボルタックを物色した後で、ギルガメッシュで焼肉定食を中心とした大量の夕食をとっているトキオの正面に、クロックハンドが座った。

「…おっ、なんだクロックか。髪切らなかったのかよ。感じ違うな。なんか色っぽいぞ」
「えへへへー」
クロックはにまっと笑うと、トキオのビールのアテのピーナツを拝借した。
「…あんな、トキオ。素朴な疑問があんねんけど」
「ん?」
「その髪型、お気に入りなん?」
「…いや…」
トキオは唇を舐めた。

「前もそうだったんだけどよ、俺が転職すっと美容院までティーカップがついて来んだよ。やかましく茶々入れられちまって、なかなか他の髪型に挑戦出来ねんだ」
「ふーん…ほなその髪型、ティーが気に入ってんと違うの?」
「…む?」
「せやからさ。ティーがそのトキオの髪型好きで、変えられたないからついてきて文句つけんのと違う?」
「…ん~、…そう…かぁ?」
トキオは眉を寄せながらも、頬を緩めた。

「…トキオ、自分がティーのこと好きちゅうこと認めたん?」
じっと見ていたクロックハンドが、半アヒル状態で見上げるように言った。
「…ぇ」
「丸わかりやで」
「…う…」
トキオは赤くなって、口に入れた焼肉をビールで流し込んだ。
「にゃはぁ、楽しいわあ、応援するで~!!」
クロックハンドがケラケラ笑う。

「…お、応援は嬉しいけどよ…あいつに、変なこと言うなよ」
「変なことて何ぃ~?…あ、ダブルや、ダーブルー!」
トキオが振り向くと、少し離れた所にいたダブルがこちらに気付いて寄ってきた。
「ちょ、なんだよ、おい、呼ぶなよ」
「ええやんかあ」
「おー、なんだお前さんクロックハンドか!わかんなかったぜ。転職したのか?髪伸ばしやがって、なに色気づいてんだぁ」
ダブルはクロックの頭をくりくりと撫でまわした。

「これで髪ポニーテールとかにしたら、忍者らしてええねやんか~。でな、あのな、トキオがなあ」
「言うなって!」
クロックハンドを止めようとするトキオを見て、
「どうしたよ、とうとうフラれたのか?お、なんだお前さんまた転職したのか、さすがに大人の顔になってきたな」
ダブルが言う。
「そういうたら、トキオ二回転職したんやもんなぁ」
「でもティーカップとつりあいとれていいじゃねえか、やっこさんずっと年上だろ?」
「あ、そうそう、それそれ、トキオな、自分がティーのこと好きてやっと自覚してんて」
「なんだよ、やっとかよ。遅ぇんだよなあ、まわりには丸わかりなのによ」
「そうやんなあー」
「…お前ら…」
口を挟む余地もなく、トキオの秘め事(と思っているのは本人だけだが)は、あっさり暴露されてしまった。

「まぁええやん、応援してくれる人は多い方が」
「お前らの応援、どっか不安なんだよ」
「失礼やなー」
「なー」
ダブルは立ったままで、後ろからクロックの首筋に両腕を回した。

「あんまクロックに触ってっと、後ろから首飛ばされんぞ」
「んぁ、彼氏忍者だっけか」
言いながらも、ダブルは腕を離そうとはしない。
「かまへんよ、そないなことしたら二度とツラ合わせんって言うもん」
「それだけで抑止力になんのかよ、全く惚れさせたもん勝ちだなぁ。…おっ」
ダブルはトキオの背中ごしに視線を止めると、体を起こした。

「行こうぜ、お邪魔だ」
ダブルはクロックハンドの腰を抱いて、後ろから持ち上げた。
「ほなトキオ、頑張って~!」
運ばれていきながら、クロックハンドが手を振る。
「ん、あん?」
後ろを見ると、ティーカップが店に入って来た所だった。
視線を戻すと、2人はもう別のテーブルへ向っている。

-んだよ、店に入って来たからってこのテーブルに来るって決まってるわけじゃ、ないじゃねえかよ。

口の中で呟くように言いながら、もくもくと焼肉を食べる。

-しっかしあの2人、えらく気が合ってるよな。
 ミカヅキが見たら、マジで心配になるだろうな…


唐揚げに手を伸ばした時、

「野菜も食べたまえ」

耳元で声がして、トキオは思いきりむせた。

Back Next
entrance