92.転職×3

盗賊への転職を終えたトキオは、訓練所から出るなり、
「なんなんだよお前は~!!」
しゃがみこんだ。

「この世で一番長髪が似合わない男を見られる、滅多にない機会を逃せるものか」
訓練所前の石段に腰掛けていたのは、やはりティーカップだ。
前回の転職時にさんざんいじられたので、トキオは嬉しいような困ったような複雑な心境である。
「…美容院までついてくんなよ」
「どうしてだ」
「お前が横からゴチャゴチャ言うの聞かされてたら、新しい髪型に挑戦出来ねえんだよ」
「君に似合う髪型なんて、元々そんなにありはしないだろう」
「冒険心くじくようなこと言うんじゃねえよ」
「その冒険心とやらのせいでふた目と見られないようなみっともない髪型になるより、マンネリでもどうにか見られる状態でいる方が遥かにいいんじゃないのか」
「…そうかもな…」
*
トキオが新しい髪型を諦めている頃、クロックハンドはさっさと転職を済ませ、美容院にも行き、忍者らしい服を購入して、上機嫌で部屋に戻って来ていた。

着替えるまで入って来るなと言われたミカヅキは、ドアの外でソワソワしている。

フィリップ-クロックハンドが前衛に転職してしまったのは、とても心配だ。
それも忍者。武器も防具もその身ひとつなのだ。
不意打ちされたら大変だ。
10階には、とんでもない怪物がうようよしているのに。
パーティの連中はいい人達のようだが、腕はどうなんだろう。
それにしても、成長したフィリップは前にもまして魅力的だ。
少年らしい以前の髪型も好きだったが、新しい髪型はちょっとフェミニンで、よく似合っている。

「エ~ディ~~」
呼ぶ声がしたので、勇んでドアを開けたミカヅキは、

「…フィ…」
立ち尽くした。
「どないや!」
満面の笑顔で仁王立ちしているクロックハンドは、ハイレグのレオタードのごとき薄布一枚に、ベストのような上着を羽織っているだけだった。

「…フィリップ、そ…」
「潜る時はこれに下半身用の鎖帷子チックなやつ履くねんけどな」
言いながら、にょっきりと出た白い脚を伸ばしたり曲げたりする。
「…そ…」
「なんやねん」
「駄目だー!!!」
「な、なんやねんな!!」
「駄目だッ!!そんな格好は、駄目だぁああ!!」
「なんでやねん、そんなん俺の自由やんけ!!」
「だっ、、こん、こんなの、少し破けたら、すぐっ」
「や、やかましわ、緊張感あってええやんけ!」
ミカヅキのあまりに切羽詰った表情に、クロックは少し押されている。

「破っ、破けなくたって、ちょっと引っ掛けたらッ、ズレるじゃっ、」
「そんな簡単にズレたりせんわ!」
「だって、こ、こうっ」
ミカヅキはハイレグの隙間につっと指を滑り込ませると、布をきゅっと横にずらした。
「何すんねん、すけべえ!!」
露出してしまったモノを両手で握ったクロックに、
「フィリップー!!!」
「ひゃあああ何やお前はーーー!!!」
ミカヅキが踊りかかった。
*
トキオ&ティーカップと入れ違いで美容院を出たヒメマルは、美容院にいる間中ずっと考えていた、ロードらしい服を選ぶのに夢中になっていた。

-ロードといえば君主、君主といえば王様だもんね~♪
でもー、ティーには天然のロード的豪華さがあるわけだしぃ、同じ路線でいくと絶対かなわないから~、こんなのとか~、こんなのとか~…


そんな調子で、何枚も試着室に持ち込んでいる。
「いかがですかー」
店員が聞きに来る。
「これとこれ頂戴、こっちはいいや。これは今着ちゃっていい?」
お気に入りを選別して試着室から出てきたヒメマルは、
「うわっ」
と声を出してしまった。

「あっ、お久しぶりです!」

そこにいたのは、転職したらしく、少し成長したアインだった。
相変わらず飾りっ気のない服を着てるなあと思いながら、ヒメマルは「転職したら突拍子もない格好にしよう」と思っていたことをじわりと思い出した。

-参った~、しばらく見なかったから、すっかり忘れちゃってたよ…

「転職なさったんですね、よく似合ってらっしゃいます」
「そ、そう…ありがとう…」
「僕、色々考えたんですけど…」
「な、何を?」
「好きな人に自分を好きになってもらうには、どうしたらいいのかって。僕、わかったような気がするんです」
「あ、そ、そうなの?」
「やっぱり、自分を磨いて人として魅力的になることですよね!」
アインの眼差しも意見もまっすぐすぎて、視線を合わせるのがなんだか心苦しい。
「そうだね、うん。その通りだと思う。」
「はい!それじゃ、失礼します!」
アインは本当に嬉しそうに笑って、ぺこりと頭を下げた。

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