90.盗賊の短刀

「ということで申し訳ないんですが、明日は朝からその工房へ出かけますので、お休みさせていただくことになります」
イチジョウがメンバーに報告した。

「ティーもケガしてることやし、明日はオフにしたらええやん?」
クロックが、午後からの探索に向けてトキオに左手を巻きなおされているティーカップを見ながら言った。
「そうだよね~。俺も今から潜ったら、多分明日には転職することになるもん。そしたら、結局明日は半日休みになっちゃうし」
「ベル君、転職して間もないのにすいません」
転職直後は成長が早いので、探索のし甲斐があるのだが、
「いいよ、久しぶりにゆっくり本でも読む」
ビショップになったブルーベルは、そう言って笑った。

「なあ、転職言うたらな。提案があるんやけど」
クロックハンドがトキオの方を向いた。
「なんだ、俺か?」
「うん。トキオな、どないしても忍者になりたい?」
「…うーん」
トキオは頭を掻いた。
「そうだなあ。なりたい」
「ほな、盗賊にならへん?」
「なんだ!?」
「盗賊。まあ聞いてや」
クロックは懐からひとふりの壊れた短刀を取り出した。

「ミカヅキから聞いたんやけどね。これ、盗賊の短刀ちゅうシロモノで、マジックアイテムの一種やねん。力の解放済みやから、これはもう役に立たんけど」
メンバーの視線が、短刀に集まる。
「どういうもんなんだ?」
トキオが聞く。
「この短刀にこめられてんのは、盗賊をそのまんま忍者にしてまうっちゅう力やねん。訓練所で転職した時みたいに歳食うこともないし、能力値が下がるようなことも一切ないんやて」
「すげえじゃねえか!」
「そやねん。せやからな、トキオ。忍者になれるまで能力値上がるん待つより、とりあえず盗賊になっておいて、経験積みながら未使用のこの短刀探して、力の解放で転職する方がええんちゃうかなと思うんやわ」
「そりゃ…」
トキオは少し考えて、続けた。

「そうだなあ。俺、能力値の上がりほんっと悪いからな…」
「でもな、これ、かなりのレアアイテムやねん。ボルタックではいっつも品切れになってるし、ムラマサとか聖なる鎧とか、あんなんよりまだ見つかりづらいちゅう話なんよ。ちょっと賭けっぽいことになってまうかも知れんで」
「…っかぁ、難しいな」
「君が僧侶のまま忍者に転職出来る能力値に至る可能性と、レアアイテムが見つかる可能性、天秤にかければ後者の方が高いと思うがな」
ティーカップが横目でトキオを見ながら言った。

トキオは眉間に皺を寄せたが、
「…それもそうかも知んねえ」
溜息と共に納得した。
「ほな決まりやね。トキオも今日で僧侶呪文全部覚えられそうやし、明日には転職出来そやね」
「でも、クロックはどうするんだ?」
ブルーベルがぽつりと言った。

「あ…ほんとだ」
ヒメマルが気付いたように言うと、ティーカップが頷いた。
「ひとつのパーティに盗賊2人はいらないな」
「うん、やから俺も転職しよう思て」
「盗賊、天職じゃなかったのか?」
トキオが聞く。
「そやねんけどな。ミカヅキあんなことになった時に、やっぱり自分で自分の身ぃ守れる方がええんちゃうやろかと思ってん」
「で、何になるんだ?」
トキオが更に聞くと、
「うん」
クロックは少しモジモジしていたが、
「忍者になるわ」
照れるように言った。

「なれるのか!?」
トキオが驚くのに、
「うん。盗賊てな、成長度合い早いからどんどん能力値上がるねん」
「それじゃあ私が戻って来たら、ヒメマル君はロード、クロック君は忍者、トキオ君は盗賊になってるってわけですか。パーティ編成ががらっと変わりますね。楽しみですねえ」
イチジョウが本当に楽しそうに言った。
「それじゃあ明日に向けて、今日はたっぷり稼ぎますか!」
「行こーー!」
「あーでも、今日の私は切り裂きの剣ですので、期待しないで下さいね~」
メンバーが意気揚揚と立ち上がる中、微妙な表情でいるトキオの肩を、大き目のグローブが優しく叩いた。

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