85.無理

「起きてる?」

円形土砦跡。満天の星の下で、ヒメマルがいつものように寝転んでいると、頭の上から声がした。

「あ、ベル。散歩?」
「いや、話があって」
「俺に?」
「うん」
ブルーベルは、ヒメマルの頭の上にかがみ込んだ。

「無理しなくていいと思うんだけどな」
「無理って?」
「10階に降りるのとか、転職とか。本当に嫌なら、パーティ抜けてもいいと思うんだよ。あのメンツなら、誰も責めやしないんじゃないか」
「…ん…あのね」
ヒメマルは小さく笑った。

「10階に降りるのは、もう大丈夫。カイルに回収頼んだんだ」
ヒメマルは月明かりの下でもよく見える、宝石のついた指輪をベルに見せた。
「これと同じのをカイルがつけててね、俺が死んだらわかるようになってるんだ」
「マジックアイテムか、便利だな」
「うん。だからね、そっちの問題は解消したんだ」
「本当に大丈夫か?いざ降りてみて、あんな風に青くなって震えてちゃ、俺達まで大変な目に遭う」
ブルーベルのいかにもEらしい言葉を聞いて、ヒメマルは笑った。

「一度決心したら心配無用だよ、俺ってそういう性格なんだ」
「ならいいけど…転職は?あまりしたくないように見えたんだけど」
「うん…うーん。あのね。したくないわけじゃないんだ」
「…って?」
「転職は…どっちかっていうと、したい。ロードにはなってみたいんだ。ベルが言ってたように、体力も増えるしね」
「…その言い方、したいけど出来ないって風に聞こえるな」
「…ちょっと、」
ヒメマルは右手で瞼を覆った。

「コワイんだな」

そう言った口元はしかし、笑っている。

「転職が怖い?」
ブルーベルは首を傾げた。
「そう」
「ああ、歳食うのが?」
「う~ん。それも含めて、色々とね」
「でもみんな何事もなく転職してるじゃないか。何が怖いんだ?」
「なんだろね…なんとなく…かな」
「…ヒメマルって、よくわからないな」
ブルーベルは腰を下ろして、立てた両膝に肘を乗せ、頬杖をついた。

「どうして?」
「こんなとこで無防備に寝てるかと思ったら、転職が怖いって言う」
ヒメマルは、楽しそうに小さく笑った。
「変かなあ」
「変っていうか、わからない」

しばらく、静かな間があった。

「…転職は、するよ」
ヒメマルが、ぽつりと言った。
ブルーベルがもう一度、「無理にしなくても」と言おうとした時、
「せっかく縁があって組んだパーティなんだ。少しでも長い間、みんなと楽しみたいもんね」
ヒメマルは元気よく上体を起こした。

ブルーベルは、晴れ晴れとしたヒメマルの顔を見て、
「ヒメマルの基準って、やっぱよくわかんないよ」
変な顔をしたが、ヒメマルは笑って言った。
「一番優先度高いのは好奇心だよ、これ冒険者の基本でしょ?」
「そうなんだけどさ」
「だから、怖さより好奇心を優先することに決めただけだよ。みんなだってそうでしょ」
ヒメマルは、まだ今ひとつ納得していないベルの横に座りなおした。

「ねえ、ベル」
「ん?」
「ベルの髪の色は、生まれつき?」
「ああ、」
ベルは自分の前髪をつまんだ。

「父の髪が生まれつき青くて、それがとても好きで羨ましかったからさ。本当はブロンドなんだ」
「転職したらどうするの?」
「どうしようかな。戻してもいいんだけど」
「綺麗だろうな」
「…青、好きなんだけどな」
「もちろん青もよく似合うよ。ベルにはどんな色も似合う。色ごとに違った魅力が出るよ」
「ありがと」
ブルーベルは子供のような顔で笑った。

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