84.誰にでも

トキオは眠っているティーカップを自分の部屋まで背負って帰り、装備を外し、服を緩めてベッドに寝かせてやった。

自分もベッドに腰掛けて、ティーカップの指を改めて眺める。
小指と薬指の爪は、指先から随分遠い所まで切られている。
それ以外の爪は全部抜かれて、乾いた血がこびりついている。

-消毒液、あったよな。
トキオは医者に渡された袋から消毒液を取り出してガーゼに含ませると、指を一本一本丁寧に拭きはじめた。

-…

…こいつって…

なんだかんだ言って、やっぱ、俺のこと…

「だって、なあ」

トキオは小声で呟いた。

-前だって、忍者に首飛ばされかけて、
今回も指、こんなにしてよ。

んなこと言ったら、なんかまたもっともらしい理由つけんのかも知れねえけど。

…まあ、左手で良かったよな。



左利きだよ、こいつ。

駄目じゃねえか。
明日から大丈夫か?

ガーゼで覆って、包帯巻いてりゃいいって先生言ってたな。
大き目のグローブ買っといた方がいいな。







朝方のアレ、

俺に、抱き着いてた、よなあ。

あれも、ダブル達の仕業なのかなぁ…

…こいつ自身の意志ってこと、ねえかなあ。

… 寝顔…


「うぉう!!」
顔を見ようとしてティーカップと目があったので、トキオはつい叫んでしまった。
「おー、なんだよ、起きてるなら起きてるって言えよ」
「君の部屋か?」
「おう」
「道理で」
「何だよ」
「ベッドが臭う」
ティーカップは深呼吸すると溜め息をついた。

「君は何しに来たんだ」
「ん?…あ、医者にか?…その…ま、助けてもらったんだし、礼ぐらい言おうと思ってよ」
「別に助かっちゃいないだろう」
「クッションになってくれたじゃねえか」
トキオがニヤリと笑うと、
「…」
ティーカップは不機嫌さを眉間であらわすと、明後日の方を向いた。

「…そうだ。お前、ブルーベルとは古い知り合いかなんかなのか?」
「いや?」
「落ちる時、お前のこと坊ちゃまって呼んだのあいつだろ?お前が俺掴んでなんとかしようとしたっての教えてくれたのもあいつだし。なんか、お前のことよく知ってるような口振りだったぜ」
「…」
ティーカップはたっぷりと考え込んでから、
「さあ…あの子にはこの街で初めて会ったんだがな」
と答えた。
「?んじゃ、何なんだろうな。坊ちゃまってのも違うのか?」
「…家へ帰れば、そう呼ぶ者もいるな」
「は~ん、いいとこのボンボンなのかよ。いかにもだよな」
「君がいかにも庶民なのと同じことだ」
「…」
トキオは、はぁーっと大袈裟にため息をつくと肩を竦めた。

「その調子なら、心配いらねえな」
「何もしないうちから痛がってたのは君だけじゃないか」
「明日の朝包帯巻いてやっから、少し早めに起きて待ってろよ。ちょっと大きいグローブ買って来るしよ」
「君はおせっかい好きだな」
「…」

こういう時に、一度言ってみたかった言葉があった。

「…その」

トキオは少し、緊張しながら、

「誰にでも、ってわけじゃ、ねえよ」

口にしてみたのだが、

「ふぅん」

…流された。

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