83.医者

小物屋や日用雑貨を扱っている店が並ぶ大通りの終わりに、こじんまりとした家がある。

入り口に打ちつけてある木の板には、

* 診療所 * 
各種 キズ ケガ 治します 
医師 バベル(ビショップ) 
診察時間:起きている時

と、やけに可愛い文字が手書きされている。

*
「随分割れてるね」
医者は、差し出されたティーカップの左手を見て呟いた。

「最初にそう言ったろう」
「うん」
「僕は怪我の処置方法なんて、全然知らないんだ。どうすればいいのか詳しく教えてくれ」
「うーん」
医者は一本ずつ指先を見た。
「この二本は、まあ、よし」
呟いてニッパーのような爪切りを持ち出すと、親指と人差し指の欠けた爪をパチパチと整える。
「何かに当たったりすれば痛むだろうけど、色々巻いたりしてごまかせばよし。あとは駄目だろう」
「駄目ならどうするんだ」
「これ」
医者が先の細いペンチのようなものを取り出した時、ドアがノックされた。

医者は、はいはいと立ち上がって、
「誰?」
とドアを開いた。
「あ、先生。ここに-おう」
トキオは、ドアの隙間からティーカップを見つけた。
「あの患者、知り合いなんですけど、入っていいすかね」
「いいよ」
トキオは部屋の壁際にあった長椅子に座った。

ティーカップはトキオに何か言おうとしたが、
「そんじゃ、続き」
医者に言われてそちらへ向き直った。
「これで抜くわけ」
「ふぅん」
「…せ、先生」
横からトキオが手を振って、医者の視界を遮った。

「何?」
「そのペンチで、もしかして爪抜くんすか」
「うん」
「…抜かずになんとかなんないんすかね」
「だって、縦とか斜めとか変な風に割れちゃってるだろう。このまま伸ばすより、抜いた方がいいだろう」
医者はこともなげに言う。

「…麻酔とかは?」
「ないよ、そんなの」
「早くしてくれないか」
ティーカップが言うのを、トキオが止める。
「ちょっと待てよお前、そうだ。カティノかけようぜ、な」
「僕は別に-」
「かけさせてくれよ、見てらんねえ俺」

「見なけりゃいいだろう」

医者とティーカップに声を合わせて言い放たれて、トキオは口ごもってしまった。
「じゃ、抜くね」
医者がペンチでティーカップの爪を挟む。
「…や、やっぱ待て、待て!!!!」
*
結局カティノをかけ、ティーカップが眠っている間に爪を抜いたのだが、その間中トキオは凄い顔をしていた。
「何だろうね君は、嫌なら見なきゃいいだろう」
「そ、そうなんすけど」
「君、地下に潜ってるんだろう。こんなこと怖がっててよく冒険者出来るね」
「町ん中でペンチで引っ張って爪抜くのと、地下で戦ってる時ケガすんのとは話が違うっすよ」
「そうかなあ」
「そうスよ」
ふと見ると、まだ眠っているティーカップの爪を抜いた指からは、どくどくと出血が続いている。医者が清潔そうな布を当てているが、止まらないようだ。

「血、止まらねえすね」
「うん、たまにあるんだな。爪抜くとね。こういうのはケガと一緒だから呪文が効くんだけど、今日俺呪文切らしちゃってるから、これ使うわけ」
医者は、何に使うかよくわからない、先の丸いペンのような金属棒を取り出した。デスクに置いてあるランプに火をつけ、その棒を炙る。
「それ、何すか」
「熱いやつ」
「はい??」
「これで傷口焼いて、止血するわけ」
「げっ!?」
トキオが一歩引いたと同時に、ジュっという音がした。

爪を抜いた生肉の部分に金属棒があてがわれて、煙だか蒸気だかが上がっている。
「待っ、待っっ、ちょ」
「うるさいな~」
「おっ俺、回復呪文使えるんで!!それストップ、ストップ!!」

「なんだ、早く言えばいいのに」
トキオは返事をする余裕もなく、ティーカップの指にディアルマをかけている。
出血も、今の火傷も治ったようだ。トキオはほっと息をついた。
「そんじゃもう君、この人持って帰って。君達ふたり、大きいから邪魔」
他に患者がいるわけでもないのに医者はそう言って、痛み止めやら包帯の入った袋をトキオに押し付けた。

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