82.豪快

ギルガメッシュを出たイチジョウは、マディをかけたとはいえ、ササハラをそのまま置いて出てしまったことを多少不安に思いながら宿へ向かった。

扉を開けると、
「あ、今日はもうあがりですか」
ササハラは床にあぐらをかき、同様にあぐらをかいている黒装束の男と対面で、何やら話し込んでいる所だった。

「ええ、色々ありまして」
まるで何もなかったかのようなササハラの顔を見て、イチジョウはホッとした。
「色々?」
黒装束の男がイチジョウを見た。
「あ、ミカヅキ君」
「色々って何だ?」
ミカヅキは眉間に皺を寄せて、鋭い声で問い返して来た。
「いえ、大したことじゃ…」
言いかけて、イチジョウはミカヅキがクロックハンドの心配をしていることに気付いた。
「クロックに何かあったわけじゃありませんから、大丈夫ですよ。前衛2人が思いがけずシュートで10階に落ちましてね、慌てて戻って来たんです。調子が狂ったので、今日はもうやめておこうだとか、そういう感じでお開きになっただけなんです」
「そうか」
ミカヅキは安堵したように軽い溜め息をついた。

「今、ムラマサの影響はどうですか?」
「あ、はい、今はそんなに感じません。多少高揚してるような…その程度です」
「なるほど。イチジョウ殿、座って下さい。今、それについて彼に話を聞いてたんです」
「というと…」
イチジョウはササハラとミカヅキの間、三角を描くような位置に腰を降ろした。

「ミカヅキは元々ビショップだったんです。マジックアイテムの知識も豊富故、ムラマサのようなアイテムを御するような品はないのかと」
「なるほど…。どうでしょう、あるんでしょうか」
イチジョウがミカヅキに視線を送ると、彼は、
「ある」
忍者装束に固めた風体に似合う、きっぱりとした口調で答えた。

「妖刀や魔剣の類は、多くが人の心を虫食むのでそう呼ばれているものだ。研究は古くから行われていて、ムラマサほど名の知れているものにはいくつかの有効なマジックアイテムが開発されている」
クロックハンドといる時とはまるで別人のような流暢さだ。

「ただし、一度に作れる数は少なく当然高額で、職人も限られている。大きなギルドへ行けば、時間はかかるかも知れないが間違いなく手に入るだろう。が、組織だった所は大体料金を上乗せするものと決まっている。まあ、ムラマサと同じ額の金貨を用意しておいた方がいいだろうな-以上だ」
言い切って、ミカヅキは勢いよく立ち上がった。
「帰っていいな?」
「なんだ、のんびりして行くんじゃなかったのか」
ササハラが言うと、
「気が変った。失礼する」
ミカヅキは踵を返してあっという間に部屋を出ていった。

「おかしな奴だ」
多少不満そうにササハラが言うと、
「恋人が帰って来てるとわかって、部屋で待っていたくなったんでしょう」
扉を眺めながら、イチジョウは、くっくと笑った。
「ミカヅキと知り合いだったんですね」
「彼は、うちのパーティの盗賊君にベタボレなんですよ」
「惚れこんだ相手がいるとは聞いてましたが…そうですか、イチジョウ殿のパーティにその男がいましたか」
ササハラは腕を組んだ。イチジョウのパーティのメンツを思い起こしながら、誰が盗賊か、見当をつけているらしい。

「…体は、大丈夫ですか」
イチジョウはササハラの横顔に向けて、少し遠慮がちに訊いた。
「ええ、全く問題ありません」
「面目ない」
イチジョウはあぐらをかいた両膝に手を置いて、ぐっと頭を下げた。
「いやいや、何はともあれ無事だったんですから。笑い話にしましょう」
ササハラはベッドの下から銚子とお猪口を取り出した。
「対策も見つかったことですし、乾杯しようじゃないですか」

イチジョウはお猪口を受け取りながら、この男の豪快さに感心した。
何せ、朝見た時の状態はまるで-

「殴るも蹴るも斬るも噛むも引っ掻くも、地下じゃ日常茶飯事じゃないですか」
ササハラは、笑って酒をついだ。

-そう。

抵抗出来ない状態でモンスターに玩ばれた死体のような、凄まじい有り様だったのだ。
「しかし、あまりに」
「覚えてますか、ここ」
ササハラは着物から片袖を抜いて、肩口にあるいびつな円状の、真新しい皮膚の盛り上がりを差した。
「…齧りました…かね…」
イチジョウはおぼろげな記憶を辿って、少し赤面しながらそう答えた。

「齧ったどころか、イチジョウ殿、そのまま飲み込んだじゃないですか。私も今まで色々な男と寝てきましたが、食われたのは初めてです」
イチジョウがすっかり赤くなって額に手をあて、困り果てていると、
「惚れた男に食い殺されるなら、本望だと思いましたがね」
ササハラは天を仰ぐように大笑いした。

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