80.腕と爪

「あーん、なんやったんやろう、気になるわ~」
ベルがトキオと出ていってしまったので、クロックハンドはアヒル顔になっていた。
「ベル君の言った、"坊ちゃま"ですか」
イチジョウが言う。
「うんー。やっぱり、ティーのことなんかなあ」
「彼には貴族的な雰囲気がありますからね」
「坊ちゃまがトキオのことやったら笑うなあ」
「…ちょっとびっくりしますね」
想像したのか、イチジョウはくすりと笑った。
「ニハハハ」

「まあ、坊ちゃまというぐらいですから、ティーの家にベルが昔お世話になってたとか、そんなところじゃないですか」
イチジョウは水を口にして軽く思案顔になってから、結論づけた。
「せやけど、ティーはベルちゃんにそんな素振り見せたことあらへんくない?」
「忘れてるんじゃないですか」
「忘れるかなあ~」
「もし、ものすごく大きな家なら、使用人が主人を覚えていても主人が使用人を覚えていないことは有り得ますよ」
「あ、そっかあ。そういうもんかも知れへんねえ」
「はぁあ~」
不意に、大きな溜め息にも似た深呼吸が聞こえた。

「ヒメちゃん、大丈夫?」
「…なんとか…」
ヒメマルは、よろよろと立ち上がった。
「じっとしてた方が良くありませんか?」
「…だ…大丈夫。ちょっと、行きたいとこあるから…お先…」
「気ぃつけてなぁ」
「無理しない方がいいですよ~」
ヒメマルは、ふらつきながら店を出て行った。
*
「…で…なんだ?珍しいな」
ギルガメッシュの裏で、トキオはドキドキしながらブルーベルの言葉を待っていた。
パーティを抜けると言われるんじゃないかという、リーダーとしての緊張だ。

「多分、指を痛めてる」
「…??んァ?」
丸きり予測していなかった言葉に、トキオはおかしな声を出した。

「ティーカップだよ、指を痛めてる。あんたのせいだ」
「ちょ、待てよ、なんだよ。よくわかんねえぞ」
「あんた、体重何キロぐらいある」
「え?…えーと、85くらい…かな」
「あんたが落ちそうになった時、ティーカップは止めようとしたんだ」
「…え」
「やっぱり気付いてなかったんだな。咄嗟だったから片手で、結局無理だったけど、85キロと、装備品…合わせて、100キロ近い。それにあんたの体は落ちてく所だ。かなりの負担が彼の腕にかかったはずなんだ。絶対痛めてる」

トキオは、落ちる時に何かに引っ掛かったように感じた一瞬のことを思い出した。

「…でも、後でイチジョウがマディかけてたろ?」
「爪をやられてたら、マディは効果ない」
「え!?俺、マディってのは何でも治せるもんだと思ってたぜ」
髪や爪には効かない。同じように、ちぎれた腕や首みたいに生命のなくなったものにも効かない。石化まで治癒出来る大した呪文だけど、完全なわけじゃないよ」
「…そ…うか…。でも、なんともなさそうだったような…」
「調子が悪い時、周りに構われるのが嫌いな人なんだ。…装備品。グローブ。外してなかったろう。見せない為に決まってるんだ、早く探して声かけて来いよ!!」
普段あまりはっきりした表情を見せないベルが、声を荒げて怒りを顕わにしたので、トキオは気圧された。

「そ、」
「多分医者を探してる、あんたこの街の出身なら医者がどこにいるかぐらいわかるだろ!?行けよ!!」
「…え、いや、でも、あいつが構われるの嫌いってんなら、行かない方がいいんじゃねえのか」
「ーーーーっ!!!」
苛立ちが頂点に達したらしく、
「ぁてっっ!」
ブルーベルはトキオの尻を蹴り上げた。
「あんたはいいんだよ、早く行けよ!!」
「わ、…わかった」
トキオは頭をかきながら、「なんだってんだ」とブツブツぼやきつつ歩き出したが、
「走れって!!」
後ろからベルにどやされて、大通りに駆けて行った。

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