74.自制
部屋に戻ってきたイチジョウを見るなり、ササハラは険しい顔をした。額を押えているイチジョウの掌の下の貌は明らかに疲労しているにも関わらず、目だけが異様な光を放っている。
ササハラは何も言わずに、装備を外すのに手を貸した。
「…噂以上でしたよ」
帯を緩めながら、イチジョウは大きく息を吐いた。
「とにかく、湯を使って下さい」
*
「私は一度使って、自分には無理だと思いましたからね」ササハラはタオルでイチジョウの髪を乾かしてやりながら言った。
「食われると?」
「気質が気質なもので」
イチジョウは笑った。
髪を任せたまま、ずっと目を閉じている。
「酔ったササハラ君にムラマサを持たせたら大惨事ですね」
ササハラは少しばつが悪そうに苦笑してから、
「私があれを使い続ければ、常に酔ってるような状態になりますよ」
真剣にそう言った。
「話には聞いてましたが-自分は大丈夫だと思っていました。奢りでしたね」
イチジョウは目を開いた。
瞼と瞳孔を無理矢理開かれているような、奇妙な感覚が続いている。
神経がずっと尖ったままだ。
目を閉じると少し楽になる。
イチジョウは、また大きく息をついた。
頭の中の一部分が、熱を持っているようだ。
足りない、足りないと、薄暗い意識が赤く明滅している。
その範囲は、ゆっくりとだが確実に広がっている。
-眠れば、マシになるかも知れない…
ふと気を緩めて目を開いた瞬間、視界に真っ赤なベールがかかった。
「…眠れそうで…」
ササハラはイチジョウの顔を覗きこもうとして、突き倒された。
「-イチ…」
「犯らせろ」
不意に伸びたイチジョウの指に喉を捉えられ、
「…ッ、、」
ササハラはもがいた。
指が喉から離れない。
「…!ぐ、…ッァ…」
プレイ、で済まされる程度の力ではない。
これでは犯らせるも何も、その前に-
-殺される。
そう思った時、やっと指が離れた。
ササハラはえづくようにせき込みながら、喉を摩った。
馬乗りになっているイチジョウを見上げると、
…笑っている。
この人は、自分などより遥かに、ムラマサを持ってはいけない人間だったのかも知れない。
抵抗出来る状態のうちに殴り倒すなり呪文で眠らせるなりしておかないと、最中に殺されかねない-
そう思い、上体を起こそうとした時、イチジョウの両手がササハラの頭を鷲掴みにした。
動けない。
ササハラが侍なりの体力を持っているにしても、基本の体格が違う。自制の効いていないイチジョウの腕力には勝てない。
-…せめてカントに運んでもらえるといいんだが。
噛みつくようなくちづけを受けながら、ササハラはそんなことを思った。