73.餞別

夕食は、ダブルを中心にして、
「とりあえずご苦労さん、これからもなんかあったらまたよろしくの晩餐」
と題した酒盛りになった。

トキオはいつもの倍のビールを注文し、ティーカップの周りには極上のワインの瓶が所せましと並んでいる。
「お前さん達は2人してほんっとにのんべえだなぁ」
などと言っているダブルにしても、もう大瓶を三本あけている。
「これじゃ今日考えごとするのなんて無理じゃない?10階に降りるかどうかっていう議題、覚えてる~?」
ヒメマルが言ったが、
「ビールじゃ酔わねえから大丈夫だーって!っはっは」
トキオはかなりご機嫌で、宿に帰った途端に爆眠するであろうことが簡単に予想できる。

こちらも多少酔っているのか、独り言が多くなっているティーカップは、先に帰ったイチジョウの置いていった東洋の米酒に口をつけると、
「なんだか変な味だぞ」
ぶつぶつ言っている。
「そういやあ、イチジョウは調子悪そうだったなぁ」
「戦闘の時はずっと凄かったけど、顔色は悪かったよね…ムラマサのせいなのかな」
ダブルの言葉に、ヒメマルが同意する。
「よくわからねえが、サムライになったって言っても転職したてでムラマサ使うのはやっぱり良くなかったのかもな」
ダブルは腕組みしている。

「…転職といえば、俺達もそろそろだな」
マイペースに飲んでいるブルーベルは、いつもと変わらない調子でヒメマルに言った。
「あ、そうだね~」
「覚えてない呪文、あと幾つ?」
「えーと…、…二つ、かな?」
「俺も二つ。一緒に転職出来そうだな」
ヒメマルは少し考えて、
「でもどうかなあ。全体的に俺、呪文覚えるのベルより遅かったからね~」
と言った。
「…そうだった?」
「うん。ベルが覚えてる呪文、同じ時期に覚えてなかったりしたし」
「そういうことってあるもんな」
「ね」
「一緒に出来るといいな」
「…うん」
曖昧なヒメマルの笑顔に笑い返しながら、ブルーベルには、
-…転職したくないのか?
という疑問が湧いていた。

-それもそうか。
ワードナを倒すという目的がはっきりしない上、ヒメマル本人は深い階層へ潜る必要はないと思っている。何より、5年分の肉体年齢をロスするのが嫌なのかも知れない。
カイルなどはベテランのメイジとしてフリーで充分生活出来ているのだし…転職の必要は別にないのかも知れない。が、
-エリートクラスになるのを遠慮するのは、もったいないな。
性欲と同じくらい知的好奇心が強いベルには、そう思える。

「あれっ、うそ。寝ちゃったの?」
ヒメマルは、うつ伏せているティーカップの肩を軽くゆすった。
「起きねえよ」
ダブルがニンマリと笑う。
見れば、トキオもぐうぐう鼾をかいている。
「なに、なんで?…もしかして」
「これー」
ダブルは懐から小さな紙包を取り出した。
「うっそぉ、もしかしてソレ、睡眠薬だったりする!?」
「ハッキリしねえお2人さんに、俺からささやかな餞別だ。ヒメマル、ティーカップの方頼むぜ」
「頼むって?」
「お前さんならなんとか背負えるだろ」
「うん、まあ」
「服ひん剥いて、同じベッドにほうり込んでやんのさ」
「うわぁー!そんなことしちゃうのー!?」
「あ、とばっちりが嫌ならいいぜ?」
「手伝いまーす!」

大男2人が大男2人を背負って行くのを、ブルーベルは笑って見送った。

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