72.ムラマサ
「あの…転職ほやほやですからね?使いこなせないかも知れないので、あんまり期待しないで下さいね」イチジョウが、困ったような照れているような表情でそう言う。
メンバー全員がムラマサに注目しているのだ。
「わかってんだけどよ、やっぱさぁ、どんなもんか気になるってか」
トキオが楽しそうに言う。
「頼りにしてるからね~」
ヒメマルが後ろから声援を送る。その横で、
「俺もベテランとは何度か組んだことあるけど、ムラマサ見るのは初めてだからなぁ。ワクワクしちまうよ」
ダブルは揉み手をしている。
全員がその威力を見たくて、手ごろなモンスターが出てくるのを期待していた。
ティーカップなどは1人で変な横道に入ろうとしたりするので手に負えない。
「そういうのはやめろって言ってんだろ!!」
その度にトキオが慌てて引っ張り戻す。流石にこういう時に冷静に諌めるほどの余裕は、トキオにはまだない。
「1人でいる方が、化け物も油断して寄ってくるだろう?」
「囲まれたらどうすんだ馬鹿!そういうことちゃんと考えろよ、ガキじゃあるまいし」
「僕が囲まれるわけがないだろう!」
「そっ…そういう…、自信を根拠にするんじゃねえ!」
「だったら他の何を根拠にするというんだ!」
「…、えっと」
トキオは反論の切り口を必死で考えているようだ。
-やっぱり、彼に舌戦で勝つのはまだ難しいですかねえ。
イチジョウがそう思った時、
「そもそも自信があろうがなかろうが単独行動自体やっちゃいけねえんだよ!」
トキオはティーカップの襟首を掴むと、鼻の当たりそうな距離で叫んだ。
「つまり、するなってことだ!リーダー命令だ、単独行動は不可!禁止!わかったか!!」
見ていたダブルが、ニヤリと笑った。
ティーカップは掴まれたままでしばらくトキオを睨み付けていたが、不意にその高い鼻でトキオの鼻の頭を、小鳥のように突いた。
思わず指が緩んでトキオがティーカップを放した時、聞き覚えのある咆哮が部屋中に響いた。
魔術師2人が、素早く呪文の詠唱をはじめる。
「イチジョウ、試しがいのあるのが来たぜ」
トキオがメイスを構えながら言う。
空気を幽かに揺らすような仄かな光が、目の端に入った。
イチジョウがムラマサを抜いたのだ。
下段に構え、大きく一歩-
踏み込むと同時に、斜めに凪ぎ上がる青白い軌跡が宙に描かれた。
一瞬遅れて、太い胴が線を引いたように「ズレ」た。
上半身が、ゆっくりと滑り落ち-
そこへ二回分のマダルトが無意味に注がれた。
メンバーは二つの固まりになったファイアードラゴンを前に、棒立ちになっていた。
「…す…、げ」
トキオが呟く。横でダブルが首を振る。
「…なんだぁこりゃあ」
「サムライしか使えないのか」
ティーカップは残念そうな顔をしている。
「…なんて…」
「…すっごいよ…」
ブルーベルもヒメマルも、言葉が出てこない。
「ちょっと、斬れすぎますね」
笑うイチジョウの額には、冷や汗が滲んでいる。
違う。
あんなに近くまで踏み込むつもりはなかった。
体が勝手に動いた。
刀を持つ腕から、衝動が駆け上がって来たのだ。
* ころ *血浴び *良。* 。** *ころし * 斬っ * 一撃。 * 殺せる*** *排* 快。* 裂く*与え、** 臓*** 落とす *ころ** *浴** 斬* 一撃。 * 殺とす *** ころ * 血を浴 * 良 。*一撃。 * ころし * 滅 * 一撃。 * 殺せる** 排* 良。*裂く*与え、** 臓 *落とす* ころ ** *浴** 斬 * 一撃。 * 殺 とす *
それは、明確な意味と不明瞭な言葉で出来ている、強烈な不快感であり、これを掃うのには目の前のものを「切り刻むしかなかった」。
それを果たした瞬間、今度は反動のように凄まじい快感が体を満たしたのだ。
ササハラに見せた時、いい顔をしなかった理由がわかった気がした。
彼は少し眉を顰めると、
「気をつけて下さい」
とだけ言ったのだ。
この妖刀の持つプレッシャーに打ち勝つ精神力は、侍にしか備わっていない。
侍専用の所以である。
メンバーの感嘆や喝采を受けながら、イチジョウはひとり緊張に縛られている。