71.視線
部屋に戻り、ベッドに腰かけると、「ちょっとこっち来い」
クロックハンドが言った。
「…、」
ミカヅキは頷いて歩み寄る。
ドスッ
鈍い音がして、脛に蹴りが入る。
ミカヅキは少しふらついた。
「何がどうなってお前みたいなんが死ぬような目に会うたんや?」
カントにミカヅキの服を持っていくのを忘れたクロックは、部屋に戻って物色した時、彼があまりにもセンスの悪い服しか持っていないことに閉口した。
だからすぐに、ミカヅキを連れて服屋に向かったのだ。
その後は挨拶回りに行ったので、蘇生してからまだ一度も2人で落ち着いて話をしていなかった。
「…、ぁ」
ミカヅキは、手を握ったり開いたりした。
言葉をまとめようとしている。
「色々あるけど、結局は寝不足で潜ったせいやろ。違うか」
「…、…、」
ミカヅキは頷いた。
今度は、膝頭に蹴りが入った。
「ど阿呆!!」
クロックハンドは腹の底から言葉を吐き出すと、脛や膝だけでなく、腹や太股にも両足でガンガン蹴りを入れはじめた。
クロックは小柄だが、前衛になれるほどの筋力がある。
弛緩している体に本気の蹴りを入れられて、ミカヅキは膝をついた。
「ええか」
音のしそうなローをミカヅキの脇腹に横なぎに叩き込んでから、クロックは不機嫌極まりない顔で言った。
「俺のこと好きやのなんやの言うんやったら、余計なストレス溜めさすな」
「…ご、ごめ、。」
「今度灰渡されたら、便所に流したるからな」
ミカヅキは頭を振った。
「…、も う。もう。気、をつける…から」
「ふん」
視線が、頭の上から注がれているのがわかる。
クロック-フィリップの言う通り、今回のことは体調管理の不備が原因だ。
最後の戦闘の記憶は、
-ない。
恐らく、不意打ちされて一瞬で命を奪われたのだろう。
コンディションが完全でなく気が緩んでいたから、そんなことになったのだ。
今まで、
自分が死ぬことなんて、なんでもないと思っていた。
人はいつか必ず死ぬのだし、ただ、その時期に差があるだけだと-思っていた。
愚かだった。
何故、気付かなかったのだろう。
死んだら、
フィリップを眺めていられない。
フィリップの側にいられない。
フィリップに触れない。
一度こんな目に合わないと気付かないなんて。
俺は、馬鹿だ。
蘇生出来て良かった。
気付けて、良かった。
そこまで考えてから、ミカヅキはクロックを見上げた。
いつでも自信に満ちている大きな瞳。
その光が、自分を鋭く刺している。
素敵だ。