64.意識改革

その日のトキオは少し違った。

ティーカップに何を言われても、噛みつかないのだ。

ついさっきも1人だけ宝箱の爆弾罠の餌食になって、
「こういう罠は鈍い相手を狙って来るもんだ」
と言われたのだが、
「みたいだな」
と返したので、ティーカップ以外のメンバーは思わず顔を見合わせてしまった。

キャンプを張ってひと休みしている時、我慢しきれなくなったヒメマルはトキオの隣に座って小声で訊いた。
「ね、何かあったの?」
「何が?」
「今日のトキオってば、すっごく落ち着いてるんだもん」
トキオは、そうか?と軽く笑って流してしまった-

-ように端からは見えても、心中ではガッツポーズをとっていた。

昨晩ダブルが帰ってからベッドに潜ったトキオは、ずっと考えていたのだ。

俺は不器用だから、気になってる限りは他で遊べないんだよな。
遊べないのに悶々としてるのは損じゃないか?
とすりゃあ、思い切って自分からアプローチ…

いやいや、そりゃやっぱ無理だ。無理無理。

大体、まだ自分の感情もはっきりわかってねえ。
なら、歩み寄る手段を考えよう。
うん、ムキになってたってはじまらねえ。

まず、あいつは…エルフだ。
何を考えてるのかわからなくて当たり前だ。

それに…年上だ。
俺より口が達者で当たり前だ。

対抗しようとするのが間違いだ。
言い返せなかったり腹が立ったりするのは、本当のことを言われてるからだ。
だったら、納得も出来るはずだ。
ものは受け取りようってことだ。
よし。

こんな具合に、トキオは意識改革をしたのである。

皮肉や、あからさまに馬鹿にするような言葉を言われる度に、吠えたくなるのをグッと飲みこんで「そうだな」と応えるよう努めた。
すると、ティーカップはそれ以上絡んで来なかった。

-うん、うん。いい感じじゃねえか。
少し大人になったような気分で上機嫌のトキオは、「そうだな」と答える度に、ティーカップがじっと自分を見つめていることには気付いていない。
*
「こっから10階に降りんだよ」
9階で、ダブルが床の一部分を指差して言った。
その床はシュートになっているという。といってもよくあるただの落とし穴ではなく、下層まで突き抜けた縦のトンネルになっているらしい。つまり、ここから上がってくることは出来ない。
一方通行なのだ。

「階段、ないのか?」
トキオが言うと、ダブルは首を振った。
「ねえよ。でも、近くに地上に直帰する仕掛けもあるから心配しなくていいぜ。いっぺん降りてみたらどうだ」
トキオ達はしばらく唸っていたが、どの顔にも不安が浮かんでいる。
それなりに経験を積んできたとはいえ、所詮エリートクラスが1人しかいないパーティである。
ワードナの居室がある階への侵入には勇気がいる。
それに、やはりシュートは怖い。

「やっぱ、まだちょっと-何やってんだお前」
トキオは、シュートの淵に立って興味深げに覗き込んでいるティーカップを見咎めた。
次の瞬間、ダブル以外の全員がティーカップに飛びついた。
「なんだ君たちは、覗いてるだけじゃないか」
「嘘だ、お前は絶対飛び降りる!!」
トキオが言うと、ティーカップの身体のあちこちを掴んだメンバーは揃ってぶんぶんと音の出そうな勢いで頷いた。

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