63.テンション
朝、少し早めにギルガメッシュに来たイチジョウに、「いよう!」
先に来てテーブルについていたダブルが、トーストで頬を膨らませながら手をあげた。
「どうでした、ロイヤルのお風呂」
「おう、ありゃあ広くていいわ。風呂入んの二日ぶりだったからな、スッキリしたぁな」
「トキオ君には手を出せなかったでしょう」
ダブルはしばらくモグモグやっていたが、口の中のものをオレンジジュースで流し込んで答えた。
「なんでわかんだ、覗いてたのか?」
イチジョウは手を振って苦笑いした。
「トキオ君、隙だらけなのに放っておけない所あるでしょう」
ダブルは何度も頷いた。
「全くだよ。あいつ、勃ったモンをフニャフニャにする能力あるな。やる気で行って応援しちまったのは初めてだよ」
イチジョウは声を出して笑った。
「…で、肝心のティーカップの方はどうなんだ?脈ありそうなのか?」
「そこまでわかっちゃいましたか。彼はよくわからないんですよね。他のメンバーより、トキオ君と話してる時間が一番長いのは間違いないです…が…」
「ぅん?」
「最近、ティーの口数が少ないような気がするんです」
「そうなのか?」
「会ったばかりの頃は喋りっぱなしの印象があったんですよ。それに…」
思い出すように宙を眺める。
「もっとよく笑ってましたね。今よりずっとテンションが高かったと思います」
「ふぅん…悩み事でもあんのかね」
「あれで普通なんだ」
そう言ったのはブルーベルだった。
イチジョウの横に座って欠伸する。
「ようっ」
ダブルが景気よく挨拶する。
「うん」
「おはようございます、ベル。今の話は?」
イチジョウが尋ねる。ブルーベルはこめかみをマッサージしながら、
「あのひとは元々そんなにテンションの高い方じゃないよ。今の状態が普通なんだ」
と答え、ウェイターに「水くれよ」と、少し乱暴な声で言った。
寝不足らしい。
「じゃあ、最初の頃はパーティ結成や探索に気分が高ぶってたんですかね」
イチジョウはベルの首筋と瞼に掌をあてて、小声でディアルを唱えた。
「ありがと」
そう言ってこちらを見上げた貌は、笑っているが気だるげで、寝不足の理由が見てとれる。
「理由は、他にも少し。あると思うんだけど」
「というと」
「…いや、ちょっと自信ないから、今言うのはやめとくよ」
「気になるじゃねえかぁ」
不満気なダブルの唇にひとさし指を軽く当てて制すると、ブルーベルはイチジョウの方を向いた。
「イチジョウ、昨日のササハラのあれ、なんだったの」
「あ~、その…」
イチジョウは、困っているような笑っているような顔になった。
「剣持ち出すなんてよっぽどのことがあったんじゃねえのか?」
ダブルが言うと、イチジョウは首を振った。
「いえ、大したことじゃなかったみたいです。飲みすぎたんですね」
「なんだ、酒乱かぁ?」
「酒癖は悪いみたいです。普段落ち着いてる分、反動が出るんですかねえ」
「イチジョウ、嬉しそうだ」
ブルーベルが面白がるような調子で言うと、
「あ そうですか?」
イチジョウは頬を押えて、ぐりぐりと毛繕いするように揉んだ。手を離しても、顔は笑ったままだ。
「いやもう、可愛くてね…仕方なくて、あははは」
照れ笑いに加えて、どうやら思い出し笑いもしているようだ。
「酒乱の男ぉ可愛いって、あんまり言えるもんじゃねえぞ」
ダブルが呆れているのか感心しているのかわからない声で言うと、
「私の方が力は強いですし、剣を持っていても所詮酔っ払いですから怖くないですよ。どうしても手におえないなら一発お見舞いすればいいだけです」
イチジョウは右手で握り拳を作ると、左の手の平とあわせてパンパンと音をたてた。
昨晩も役に立ったに違いない。