59.理想
「そんじゃ俺はちょっと飲んでから行くからよ、よろしくな」トキオの部屋の場所を聞き出すと、ダブルはそんなことを言いながら、飲み仲間らしい連中に混ざりにいってしまった。
残っているのはトキオとヒメマルだけだ。
「彼ってば、すごい押しの強さだよね」
ヒメマルは面白がっている。
「冗談じゃねえよ」
トキオは最後に残っていたサラダをかき込んだ。
トキオはティーカップの食が早いように思っているが、実際には品数自体の差が原因だった。
トキオはいつも、他のメンバーの1.8倍か、下手をすると2倍は頼んでいる。
ティーカップが早いというより、トキオが大食らいなのだ。
トキオ本人には自覚がない。
「トキオって意外と奥手だから、ああいうガンガン押してくれるタイプの方がいいのかもね」
ヒメマルが笑いながら言う。ダブルのことだろう。
「あの手合いとつきあうのは絶対嫌だ」
食後のビールを頼みながら、トキオはきっぱり言った。
「なんでえ?」
「あんなに調子よくて、いいカラダしてる奴が恋人じゃあ、…」
「じゃあ?」
「…心配で、仕方ねえだろ」
ヒメマルは一瞬目を丸くしてから、「え~っ!」と大袈裟に声をあげた。
「なんだよ」
「トキオって、恋人が遊ぶのとか駄目な方なの?」
「そんな意外そうな顔することないだろ~」
ビールを持ってきたウェイターに、ヒメマルはカクテルを頼んだ。
「ごめ~ん、俺が知ってる体格のいいゲイって、あっけらかんと遊んでる人ばっかりだったもんだから~」
「…まあ、そういう奴も確かに多いけどな」
トキオはちょっと口をとがらせて、頭を掻いた。
「俺も相手いない時は遊ぶ方だけど、恋人出来たら、お互い以外と寝んのはナシだと思ってるよ」
「なるほどね、フリーの時と恋人がいる時で、スタンスが違うんだ」
「うん。出来れば、恋人になったら、お互い浮気なんか思いつきもしないって状態が理想なんだよな」
トキオが言うと、ヒメマルは、
「それってば、お互い他に誰も目に入らないって状態なわけでしょ。素敵だけど、ある意味この世で一番高い理想だよね」
と、現実的な意見を言った。
「そうなんだよな…。まあ、理想は高い方がいいってことでさ」
トキオは小さく溜め息をついて笑うと、ビールをあおった。
「俺のことは置いといて、お前…いいのか?」
「何が?」
「ベル、こないだの…ほら、あの。キャドって侍んとこに泊まってるみたいだぞ」
「あ~、うん。セックスフレンドなんだってね~」
トキオは拍子抜けした。
「なんだ、お前らって、マジでただちょっと仲いいだけなのか。そういう感情全然ないのかよ」
「あ、それそれ!聞いてよ!」
ヒメマルは喜色満面で、カクテルを一口飲んだ。
「俺、今ねえ、ベルに恋してるみたいなんだ」
「え、あ?」
トキオは珍妙な顔になった。
「そんじゃあやっぱまずいんじゃねえか。好きな奴が他の奴のとこ泊まってんだぞ?」
ふふふっと笑って、ヒメマルはまたカクテルを口にした。
「ベルが他の人の所に泊まってるよね。それ考えると、このへんがきゅうっと痛くなるんだ」
ヒメマルは胸の辺りに手を当てた。
「こういうのがヤキモチとか、嫉妬っていう気持ちでしょ。俺、こんな気持ちはじめてなんだ」
トキオはかなり妬く方だから、そんな感情は日常茶飯事だ。
「だったら、早いとこ自分の気持ち伝えるなり何なりしねえと辛くないか?」
自分だったらいてもたってもいられない。
ヒメマルは人差し指を立てると「ちっちっちっ」と振った。
「俺はベルのこと幸せにする自信があるんだ。俺が告白すれば相思相愛、ラブラブになること間違いなし!って、明る~い未来が見えちゃってるんだよね~」
トキオは驚いた。ヒメマルが服装や外見に自信を持っているのは知っていたが、恋愛に関してもここまで自信家だとは思っていなかった。
多少酒が入ったとしても、トキオにはこんなことは言えない。
「だからね」
ヒメマルは残ったカクテルを飲み干し、頬に笑みを湛えたままで空いたグラスを見つめた。
「それまではこのヤキモチを楽しむんだ」