58.仲裁

しばらくして、人数ぶんのジョッキが運ばれて来た。
「なあみんな、宿はどこに泊ってる?」
ダブルがぐるりとメンバーを見回しながら訊く。
「私はエコノミーに泊まってます」
イチジョウが答える。
「…ロイヤルに」
少し間を置いてベルが言い、
「主に馬小屋だよ~」
ヒメマルが続く。
「俺は今んとこロイヤルだけど、それがどうかしたか?」
トキオが訊くと、ダブルの返事は-
「風呂借りたいんだよ」

「一緒に泊まってる人がいますから、無理です」
「俺も」
「馬小屋だから論外だよね」
3人に即座に却下されて、トキオは慌てた。
「ま、まま、待て、ティーカップにも訊いてみようぜ、あいつだって1人で泊まってるし」
「なぁに緊張してんだよ、風呂借りるだけじゃねえか」
ダブルの口の端がにんまりと上がった。

…今までの行動からして、絶対それで終わると思えない。
「だ、だってよ、お」
トキオがなんとか止めようとした時、

ガシャアーン!!

食器の飛び散るような派手な音がして、怒号が聞こえてきた。
見ると、かなり離れた席のテーブルがひっくりかえって4、5人の男がもみあっている。
「ケンカかなあ」
ヒメマルが伸び上がる。
「あぶねえー、剣振り回してる奴がいるぜ」
ダブルが手をひさしのようにあてがって眺めていると、
「ひゃあ」
立ち上がって目をこらしていたイチジョウが、どこから出してるのかわからないような声をあげた。
「ちょっ、ちょっと、すいません」
荷物を持って席を立つ。
「何、どうしたの」
ヒメマルが見上げて言うと、
「止めてきます。あ、もったいないんで、ビールは飲んでください、私は直帰しますんで」
「えー!?仲裁するのお!?」
言うのも聞かずに、イチジョウは人波を掻き分けて行ってしまった。

「信じらんない、Gじゃあるまいし~」
ヒメマルが驚いていると、
「いやいや」
ずっと観察していたトキオが、苦笑した。
「なに?」
「剣振り回して一番暴れてんの。あれ、どうもササハラだぜ」
「ほんとー!?」
ヒメマルが改めて大騒ぎしている方を見る。
「なんだ、その…笹の葉?か?」
ダブルの問いに、トキオは軽く答えた。
「ササハラな。イチジョウといい仲の侍だよ」
「なんだ、イチジョウには決まった男がいんのか」
トキオが余計なことを言ってしまったということに気付いた時、ティーカップが戻って来た。

ティーカップは遠くの喧騒を全く無視して、席についた。
「明日も頼む」
ダブルの方を向いて短く言うと、運ばれてきて間も無い自分の夕食を摂りはじめる。
「やっぱ、まだ無理か…」
トキオの声のトーンが少し落ちた。
「どんな感じだった?」
ヒメマルが訊くと、
「食事は摂ってるようだし、見た目には元気だ。…今のところは」
抑え目のトーンでティーカップが答える。
「まあ、昨日の今日だしね…」
「ふーん。元々の盗賊さん、欠員なんじゃなくて調子が悪いのか」
ダブルが頷きながら言う。

トキオは風呂の話をティーカップに持ち掛けたかったのだが、そういう雰囲気ではなくなってしまっている。

なんとか言い出すタイミングをはかろうとしてもくもくと食べていると、側に座っているブルーベルの視線が少し遠くに行ったのがわかった。
何ということなしにそちらに目を向けると、店の出口にこの前世話になった侍が立っていた。
-…キャド、だっけ。
トキオが思い出していると、彼が軽く手を振った。ブルーベルが口元で笑って、頷き返す。
-あ…もしかして、ロイヤルに一緒に泊まってるってのは-

と思った時、
「それじゃ、お先に」
ベルが席を立った。ヒメマルが手を振る。
「おやすみ~」
「あ、おやす…」
トキオが言いかけると、ティーカップも立ち上がった。
「僕もそろそろ戻る」
「何!?お前なんでそんな早いんだ!?さっき食いはじめたんじゃ…」
ティーカップは面白くも無いという顔で、
「君とは要領の良さが違うんだ」
片眉を上げて捨て台詞のように言うと、あっという間に店を出て行ってしまった。

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