57.辞典

迷宮の中と言わず外と言わず、ダブルは誰とでもよく喋った。
特にトキオ、イチジョウと喋る時には、スキンシップも欠かさない。
肩や腰、腕、必ず身体のどこかに触れてくる。

8階のエレベータ前でモンスター待ちをしている時(というと妙な感じだが、実際待っている状態なのだ)、
「トキオ君、彼、引き受けて下さいよ~」
珍しくちょっと弱気な声でイチジョウが耳打ちしてきた。
「な、なんだよ、引き受けるって」
「彼どう見たってタチじゃないですか、私は後ろの浮気は許してもらってないんですよ」
「ええ!?スキンシップ激しいけど、そういう心配は早いんじゃねえの?」
「さっき今夜どうだ、って、誘われたんですよ」
「こっ、断ればいんじゃねえか?」
「いや、断りましたけどね、でも強引に押されたら勝てませんよ~」
「そうかぁ?逞しいけど、相手は盗賊だぜ?」
「いえ、体力的なものじゃなくて…私はああいう押しの強さには弱いんです」
「んなこと知らねーよ!」

などと前衛でやっている時、後衛では、
「ダブルの好みってわかりやすいね~」
ヒメマルがクスクス笑いをしながらそう話しかけていた。
「だろ?」
ダブルもカラカラ笑って答える。
ヒメマルが、欠伸をしているティーカップに聞こえないように、
「ティーカップも結構逞しいと思うよ?」
と小さく言ってみると、ダブルも小声で返してきた。
「あぁ、俺もそう思う。お前さんの時みたいに抱き着いてみてえんだけど、やっこさん、触られるの好きじゃなさそうだからな。それに-」
前方にモンスターの姿が見えて、ダブルは言葉を止めた。

「逃げよう」
いきなりブルーベルがそう言うと、全員が回れ右をした。
「お、お?なんだ?」
「いいからいいから」
戸惑うダブルの手を、ヒメマルが引っ張る。
パーティはあっという間に別のブロックへ移動した。

「なんだ一体?コンディションもいいし、戦えばいいじゃねえか」
「ベル、今のは?」
ライフスティーラーだった」
ブルーベルがダブルを見上げた。
ドレイン食らいたくないだろ?」
ダブルがまだよくわかっていないようなので、ヒメマルが説明する。
「ベルはね、怪物辞典みたいな魔術師なんだ。どんな怪物がどんな特殊攻撃を持ってるとか大体知ってるからね。ドレインとかブレス、石化能力なんかを持ってる厄介な相手の時はさっさと逃げるようにしてるってわけ」
「ほおーっ、そりゃ便利だなあ」
感心しきりという表情で、ダブルは腕を組んだ。
「俺の頭ん中にゃあ宝箱開けるのと、ヤること以外の知識なんざまるで詰まっちゃいねえ。さすがに頭使う職選んでる奴ぁ違うなあ」
「趣味の延長だよ」
ベルは肩をすくめるように笑った。

理想的な形でその日の探索を終えて、一同は夕食を摂りにギルガメッシュに戻った。

めいめい、好きなものを頼んでひと息つく。
「で。明日からはどうなんだ?俺は雇ってもらえんのか?」
分配の済んだ取り分を袋に仕舞いながら、ダブルがトキオに訊いた。
「あ、えーっと…」
クロックハンドはカントに行っただろうか。
「あ、俺行っ…」
「確認して来よう」
ヒメマルより先に立ち上がったのはティーカップだった。
「多分、僕の料理が来るのが一番遅い」
運ばれてくる前に戻ってくるつもりなのか、さっさと店を出て行った。

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