56.遠慮

次の日の集合時間、ダブルは、唯一初顔合わせだったヒメマルを見るなり、
「よろしくな!」
力強いな抱擁で挨拶した。

「よ、よろしく」
応えているヒメマルの腕は、脇の下をガッチリ決められているせいで宙に浮いてしまっている。
抱擁というより、ベアハッグだ。
背中に回された腕が、ゆっくりまさぐるように動く。
「あ、あ、あの~?」
ヒメマルがどうしていいかわからないでいると、ダブルはスイっと身体を放し、
「なんだ、結構いい身体してんじゃねえか。そんな服ゴテゴテ着こんでないで、見せびらかさなきゃ勿体ないぜ」
カラカラと笑った。

「今日は8階まで潜ろうと思う、…やっぱり、エレベーター周りだけだけど」
ギルガメッシュの朝食-食べているのは、宿で食事してこなかった者だけだが-の席で、トキオが言った。
メンバーが皆、頷く。
「ダブルは10階まで潜ったことがあるんだよな?」
トキオが訊くと、
「ああ、最近はほとんど10階だなぁ」
言いながらダブルは、鳥の丸焼きを豪快に齧った。ロイヤルスイートの朝食で満足しきっていなかった健啖家のトキオが、ついつい唾を飲み込むのを見て、
「食うか?」
ブッチリと足をちぎって、差し出す。
「いいのか、サンキュー!」
トキオが嬉しそうにそれを受け取るのを、ティーカップが横目で冷ややかに見た。

「あ、ワリィ。ちょっと馴れ馴れしかったなぁ、お前さんの彼氏なのに」
ダブルからティーカップに向けられた言葉に、全員の動きが止まった。

「ちっっっがう!!なんでだよ!!」
赤くなって叫んだのはトキオだった。
「あ~れぇ?昨日だってやけに息があってたし、俺ゃあてっきりお前さん方はつきあってんだと思ってたぜ」
イチジョウも、ヒメマルも、ブルーベルまでが声を殺して笑っている。
ティーカップは自分の話題ではないように、平然とチーズにナイフを入れている。

「俺とこいつを組み合わせようって発想がわからねえ」
トキオは頬に赤みを残したままで、モモ肉にかぶりついた。
「気品のある人物と粗野な男の組み合わせは、自分にないものを求め合ってるように思われるものさ」
ティーカップはサラリと言ってのけた。
「そりゃごもっとも」
応えるトキオは鶏の骨まで噛み砕きそうだ。
「ほら、そうやって夫婦漫才するもんだからよ」
「どこが夫婦だ!どっちが妻だ!?
「トキオくんトキオくん」
明らかにつっこむ角度を間違えながら立ち上がろうとするトキオを、イチジョウが止める。

「本当に精神年齢は成長してないな」
やれやれとばかりに鼻で溜め息をつくと、ティーカップはハンカチを口元にあてた。
「若くて悪かったな」
「食べながら喋るな」
2人がまたやりあい出したのを見て、ダブルはニヤニヤしている。
「何笑ってんだ」
トキオが口を尖らせる。
「もっかい訊くけど、あんたらつきあってんじゃねえのか?」
「ねーよ!」
トキオが懸命に否定する横で、ティーカップは澄ました顔でワインを飲んでいる。
ダブルは頷いて、笑った。
「そんじゃ、別に遠慮しなくていいんだな」

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