55.全然駄目

「どういうこと?」
ヒメマルが眉根を寄せると、ベルは両手を自分の頭の上にあてて耳のようにパタパタさせた。
「犬だか、狼だか、ジャッカルだか。とにかく犬っぽいケモノの臭いがするんだ」
ヒメマルはしばらく首をかしげたままだったが、不意に「ああ」と声を出した。

「彼、ワークリーチャーなの?」
ベルは頷いた。
「ハーフかも知れないけど」
ヒメマルは頭を掻く。
「全然気がつかなかったよ~、そんな臭いしてた?」
「普段は臭わないよ、興奮したら出るんじゃないかな。フェロモンみたいなものかも…」
「そういう臭いって、犬科とか猫科で違いがあるもの?」
ベルは「うーん」と唸ってから、
「…もしかしたら動物はみんな似たりよったりかもね。俺が知ってるのが犬科っていうだけで」
と答えた。

「犬のそういう臭い、知ってるの?」
「大きな狼犬飼ってる奴がいてさ、けしかけられたことがあるんだ。その時の臭いによく似てたから」
「あぶないことするなあ、なんて奴だ」
「でも凄く良かったよ。爪が痛かったけど」


「…あっ、あぁ」
たっぷり5秒の間を置いて、ヒメマルはやっと「けしかけられた」の意味を把握した。

「だから連想っていうか。同じ臭いだから、その時良かったのを身体が思い出すんじゃないかな。それで、1対1でも楽しめてるんだと思う」
「なるほどねえ…」
本当にヒト以外が好きらしい。
「でも、慣れちゃったら飽きるだろうな」
なんでもないようにそう言うと、ベルは手元の草を毟って、風に流した。

「ベルはヒトじゃないものが好きなんだよね。それは肉体的なもの…だけ?精神的にも、クリーチャーやモンスターの方が好きなのかな?」
言ってから、ぶしつけかな、とちょっと後悔したが、
「セックスだけ」
さくりと即答された。
「やっぱりヒト以外のものを精神的に好きになるのは難しいよ。意志の疎通出来ないのがほとんどだもの」
「それはそうだよねえ…」
ヒメマルはふと、あの白い魔物のことを考えた。

「あの、憧れの君は?」
「…それこそ姿しか知らないし」
ベルは横になった。
「理想的なフォルムを、間近で見てみたいってだけかもね」
なんだか少しつまらなそうだ。

「会ってみたら、恋が芽生えるかもよ」
ヒメマルがフォローともなんともつかない言葉を口にしてみると、
「見てくれのいい相手とセックスしても、良くないから駄目」
さくりと却下された。
「俺はセックス大好きだから、恋するのにその相性ははずせない。でも、美しいだとか、いい男だとか」
指折りしながら、
「その他、とにかく外見がいい奴とのセックスって、全然良くないんだ」
溜め息混じりにそう言った。
「…外見悪い方が気持ちいいってこと?」
「そう、気持ち悪いほどイイ。ヒメマルみたいな正統派美形なんかだと、もう全然駄目」
ベルが屈託なく笑うのを見て、ヒメマルも大笑いした。

「でも化け物じゃ意志の疎通は出来ないだろ。結局…俺が恋するのは無理なんだろうな」
ヒメマルは納得した。
ベルがどこかつまらなそうなのは、この結論に行き当たったからだ。
大方、クロックハンドやミカヅキのことを考えていてのことだろう。

「けど、気持ちと身体の相性がピッタリのカップルばっかりじゃないんじゃないかなあ。どっちかが足りなくて普通だと思うけど」
ヒメマルが言うと、ブルーベルは目を閉じた。
「うん。…わかってるんだけど、俺は身体が物足りなかったら我慢出来ると思えない。他でやっちゃうよ」
「相手のこと、精神的にすごく好きでも?」
「やるだろうな」
「相手が傷つくのはお構いなし?」
「仕方ないよ、良くないんじゃ。相手の気持ちより、自分の身体が優先」

そう言って起き上がると、ブルーベルは-これはヒメマルの感想だが-
ひどく、

「俺はEだもの。」

魅力的な貌をした。

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