54.野宿

クロックの泊まっている宿を出て、ふと見上げると満天の星空だったので、ヒメマルは円形土砦跡に向かった。

ベッドに置いた壷をぼんやり眺めながら、クロックハンドがぽつりぽつりと短い言葉を並べていたのを思い出す。

「こいつ、寝不足やってん」

「あほー。」

「…なんで死ぬかなあ」

「…はぁ~あ…」


悲しんでいるというより、困っているようだった。

それが彼なりの気持ちの落ち着け方なのか、スタイルなのか…よくわからなかったが、ミカヅキにいなくなられると「困る」のは確かのようだ。

クロックハンドの、少し怒っているような、脱力しているような微妙な表情を思い出すと、胸の奥が鈍く痛む。

-これも新しいよね。

この街に来てから、今まで知らなかった感情を見つけることが多い。
ずっと暮らしていた土地を離れるのには勇気がいったが-

-来て、良かった。
*
円形土砦跡は、散歩の名所であり、デートスポットであり、ひとり物思いにふけることの出来る場所でもある。

街はずれとの境のような暗がりに腰を下ろして、ブルーベルは少し気になっていたことをゆっくりと考えていた。

恋人の灰を渡されて悩む、という自体が、自分に起こりうるだろうか。

-ない、な。

そもそも、ブルーベルはきちんとした恋愛をしたことがない。
ずっと会いたいと思っているあの白い魔物ならどうだろう。出会えた後、明日消滅すると言われたら?
残念だな、で終りそうな気がする。

執着心がないのか、それとも、それだけの執着を感じられる相手に出会っていないだけなのか。

「あれ、珍しいなあ」

振り向くと、ヒメマルが居た。

「あっ、邪魔?」
ヒメマルが一歩下がると、
「いや、全然」
ブルーベルが、「座れば」と目線で言う。

「ベルも野宿?」
座ったヒメマルは、いきなりそう訊いた。
ブルーベルは目を丸くして首を振った。

「ちょっと散歩に来ただけだ。ヒメマル、野宿するつもりなのか?」
「俺、天気のいい日はいつでもここで寝てるよ」
「危なくないか?」
街はずれに近いこの場所なら、近隣の森や地下から夜行性の亜人モンスターが現われることもあるだろう。
ゴブリン程度はあしらえるようになっているとはいえ、所詮魔術師だ。寝込みを集団で襲われたらただでは済まない。盗賊に狙われることもあるだろう。
「言われてみればそうかなあ。-あ、そうだ」
呑気なことを言ってから、ヒメマルは真剣な顔になった。

「アインが、ベルは他の人の所に泊まってたとかなんとか言ってたんだけど、恋人出来たの?だったらその人にも悪いし、俺とつきあってるフリみたいなことはやめた方がいいと思うんだけど」

ブルーベルは、「はっ」とひと息だけ笑った。
「恋人じゃないよ、セックスフレンドっていうか…9階で竜に遭った時、助けてくれた侍がいただろ?彼だよ」
「へええ、彼がねえ」
ヒメマルが頷く。
「ヒトに全く興味がない、っていうわけでもないんだ?」
ヒメマルは、訊いているような、納得しているようなニュアンスでそう言った。
「いや」
ブルーベルは首を振る。
「やっぱり、普通に1対1だと、あんまり」
-ってことは、1対1じゃないのかな?それとも、彼が普通じゃないのかな?
…などとヒメマルが思っていると、それが顔に出たのだろう、ブルーベルが続けた。

「獣臭いんだ、彼」

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