51.泣き声

5階と6階を軽く覗いて、無理のない状態のうちに帰ってきた。
先に誰かにワードナを倒される、という焦りがないせいか、全員、肩の力もほどよく抜けてなかなかいい戦い方が出来たような気がする。

「トキオ、僧侶にもかなり慣れて来たんじゃない?」
ヒメマルに言われて、トキオは両手を握ったり開いたりしながら答えた。
「あ…、そういやそうだな」
転職でのぎこちなさも、もうほとんどなくなった。
「僧侶になってからの方が動きええような気ぃするなあ」
クロックがしみじみと言う。
「天職かも知れませんねえ」
イチジョウが笑う。
夕飯が運ばれてくるのを待ちつつ、雑談タイムだ。

ギルガメッシュは騒々しい。
ガチャガチャと鎧の音が必ずどこかで鳴っているし、元々冒険者には陽気で元気な人物が多い上に、酒もある。
ドワーフとエルフの口論は日常茶飯事で、本格的に喧嘩になってくるとみんなで外に放り出す。
冒険者や探索屋というのは、あまり神経質だとやっていけない職業だ。

笑い声や怒号はよくあるのだが、今日はそれに混じって泣き声が聞こえてきた。
もちろん、この騒がしさの中で聞こえるのだからシクシクいうようなものではない。
泣き喚いている、に近い。

ギルガメッシュで人が泣くのは、大方仲間が死んだ時だ。
それも、蘇生に失敗して灰になって、更にその蘇生にも失敗して、ロストした-永久に、この世から消えてしまった時。

トキオは、普段忘れている恐怖心を引っ張り出される気がするから、あまり泣いている人間には触れたくない。
それは皆同じらしい。
Eのパーティのテーブルからは「早く出てってくれないかな」という空気が伝わってくる。
単に「うるさいから出て行け」という顔をしている者もいる。
トキオのパーティの面々も、少し困ったような表情で夕食をつついている。

と-

泣き喚く声がこちらに近づいてきた。
「嫌だ、やだよ、俺のだ、返せよ!!!」
背中の方で声がする。

-返せってなんだ?アイテムの分配でもめて泣いてんのか?
なんでもいいが、巻き込まれるのはごめんだ。
トキオが振り向こうとした時、

「もめるんやったらよそでやってくれへんか?」
クロックハンドが、トキオの後ろに立っているらしい人物に、喧嘩を売るような視線-いわゆるガンを飛ばしながら言った。

「…クロックハンド?」
喚いているのとは別の、落ち着いた声がした。
トキオは目の端で見上げてみたが、知らない侍だ。

「そうやけど」
答えを聞くと、侍はクロックの席の方へまわった。
泣き喚いていたのは、どうやらホビットのビショップのようだ。
喚くのをやめ、侍の後ろでしゃくりあげている。

「本名は、フィリップ?」
侍が、また訊く。
「そやけどなんで知ってんねんな、気色悪い」
クロックは座ったまま、訝しげな顔で見上げる。

「君の話は聞いてる。だから-」
侍は、両手で抱えていた小さな壷を、クロックハンドの膝にそっと乗せた。

「落とさないように、しっかり持って」
クロックの両手を握って、壷を掴ませる。
「…なんやねんな」

侍は、しばらく黙っていたが、やがて目を伏せると、
静かに言った。

「ミカヅキだ」

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