29.イメチェン
ビールも三杯目で、つまみもいい加減無くなりかけた頃、数人の冒険者に混じってヒメマルとブルーベルが入って来た。「ベル、もう大丈夫なのか?」
トキオが訊くと、ブルーベルは頷いた。
「そんじゃあとはクロックハンドとティーカップか」
「あ、クロックは美容院に行くって言ってたよ、2時までには来れるってさ」
「それじゃ、ティーカップ次第か」
トキオはギルガメッシュの壁にかかっている大きな時計を見た。
「何やってんだかなー。属性なんかさっさと変えてくりゃいいのに、達者なの口ばっかりなんだよな」
イチジョウが、変な笑い方をした。
「何だよー?」
「トキオ君、後ろ」
嫌な予感がして、振り向いたが、目に入ったのは至近距離にあるマントだけだ。
「知力が後退してひとり転職から遠い君に、そんなことを言われるのは心外だ」
見上げると、当然ティーカップだった。
髪を少し切って、ほとんど後ろに撫で付けている。高いブーツを履いている上に、服が輪をかけて派手になっている所為で、やたら大きく見える。
「ん、なん、なんだよ、メンバー待たせといて美容院行って服買ってたのか!?」
明らかに動揺しているトキオの反応を見て、イチジョウが口元を押さえて笑っている。
「ティー、すっごくロードらしくなっちゃってるよね。俺もベルも、はじめ誰かわかんなかったもん。トキオってば惚れ直しちゃったあ?」
「ねーよ、つか惚れ直しなんて言うな!いっぺん惚れたことがあるみたいじゃねえか!」
ムキになるのをやめることはどうも無理らしい。
ティーカップの方は、
「訓練場にいる間にやたらと髪が伸びて、出る頃には背中まであったんだ。邪魔だから切って来た」
いつもの如く、人の会話はまるで気にしていない。
「訓練場で転職する時は、時間の経過が外界と違うっていうのは、本当なんですね」
「確かにあそこは変な感じだったな。ずっといたような、一瞬で終わったような…。今も朝と夜が混ざってるような感じだ」
ティーカップはあくびをした。
「髪伸びるの?便利じゃない、髪型変えたくなったら転職したらいいんだ」
ヒメマルは本気で言っている。
「肉体年齢も増えるんですよ」
「歳食っちゃうのかぁ」
ヒメマルが、それじゃ駄目だという顔をした時、
「お待たせー!」
クロックハンドが駆け込んできた。
「見てみて、可愛い?可愛い?」
ストレートに落としていた髪を、無造作にハネさせている。
「可愛い~、似合うよ~!」
ヒメマルが拍手する。
「そ?そ?ほんま?…うわあ!?」
クロックハンドはそびえ立つようなティーカップに気付いて、口をぽかんと開けて見上げた。
この2人には、もともと20センチの身長差がある。
「なんか、でかなってる~」
ティーカップは転職の時差ボケなのか、眠そうな、よくわからない顔をしている。
「なんやあ、これじゃ俺が髪型ちょっと変えたからいうても目立たへんやんか~」
クロックハンドは口をとがらせたが、
「あ、でも、これやったらもうカッパとちゃうやろ!な!」
気を取り直し、はねた髪の先をつまんでティーカップにアピールした。
ティーカップは顎に手をあてて、目を細める。
「うーん…」
「新しい呼び方考えんでもええー!!」