26.その気

トキオが馬小屋でボーッとしていると、ヒメマルが入って来た。
「なんだぁ。トキオ、ティーカップんとこに泊まらなかったの?」
「お前こそ、ブルーベルんとこ泊まらないのか?」
ヒメマルは、笑いながらトキオの横に座った。
「そういう関係じゃないよ~」
「俺とあいつだってそういう関係じゃねえっての!それに…」
「それに?」
「…」
トキオは頬杖をついた。その覇気のない表情を見て、ヒメマルは、ティーカップが転職報告した時のトキオの反応を思い出す。
「まぁ、思うように能力値が上がらないっていうのは、もどかしいよね」
トキオの心中を察するように、ヒメマルはそう言った。
「何が悪いんだろなー」
「運じゃない?」
ヒメマルがカラッとした声で言う。トキオは派手にため息をついた。

「…そういや、髪、男っぽくなったな」
「あっ、そう?自分でも気に入ってるんだよね」
「服の方も、も~うちょっとヒラヒラやキラキラが減りゃあ言うことないんだけどな」
「残念ながら、トキオの好みにはなれなさそうだね~」
オーバーアクションをつけながら、さもがっかりしたかのような顔をする。トキオは笑った。
「友達としてはずっと付き合っていきたいタイプだけどな」
「あ、それって結構嬉しいかも知んない」
ヒメマルは本当に嬉しそうな顔で言った。

「ね、トキオ」
「うん?」
「トキオはティーに興味ないの?」
「興味って」
トキオの瞼にティーカップの寝顔が浮かぶ。慌てて目を閉じて振り払う。
「なんでそういうこと聞くんだよ」
「ティーはトキオのこと気に入ってそうだからさ」
「あいつのどこが俺のこと気に入ってるように見えるんだよ」
「色々あるけど、こないだ忍者に不意打ちされた時なんかさあ。あんなの、Eの行動じゃないよ」
「そりゃ、…えっと…咄嗟に体が動いちまったんじゃねーの?別に俺じゃなくても助けただろ」
「そうかなあ。相当気に入った相手じゃないとあそこまでしないと思うんだけどね~」
「…んー、そうかなー…」
トキオの不満そうな唸りに、
「トキオは、ティーに好かれるのが嫌なの?」
と、ヒメマルが素朴なトーンで疑問をぶつけてきた。

トキオは、訥々と答える。
「嫌ってこたねえけど、…気に入られてるとか好かれてるとか思ったら、なんか、意識しちまうっていうかさ」
「あ、意識しちゃってるんだ」
「いや!そんなんじゃねえよ、あいつが何考えて俺のこと助けたのかなんてわかんねーわけだし、まだ別にそんな、意識とかしてねーし!」
トキオは早口で言いながら、両手を振って否定する。
-わっかりやすーい。
ヒメマルはあえてそれ以上は突っ込まないで、トキオの今後の動向を楽しむことにした。

「ティーに興味があるなら、行動は早めにした方がいいと思いますよ~」
不意に、トキオの左手にある壁板の向こう側から声がした。
「あれ、イチジョウ?」
「エコノミーに泊まってんじゃなかったのか?」
2人が壁越しに問う。
「ササハラ君の部屋は今日まででチェックアウトなんです。今夜はまだ帰ってきてないんで、待ってるところです」
「ササハラ君って、あの侍だよねえ?もう付き合ってるってこと~?」
ヒメマルが聞くと、イチジョウは即答した。
「はい」
「へ~、いいなぁ~」
「いいですよ」
イチジョウは笑いを含んだ声で応える。
隣室から夜通し聞こえていた声を思い出して、トキオの頬が少し熱くなった。
「トキオ君」
「あ、は、ハイ?」
「気付いてないかも知れませんが、ティーには沢山ファンがいますよ。油断していると誰かに獲られてしまうかも知れません」
「…へえー、物好きな奴がいるもんだよなー、いっぺんパーティ組んでみろってんだ」
トキオが言うと、ヒメマルがくっくっと笑った。
「なんだよー」
「だって、それじゃ、パーティ組んだ上で、気になっちゃってるトキオはどうなんの?」
ヒメマルは吹き出した。
「気になってねーってば!!」
イチジョウは壁の向こうで笑っている。
年上のイチジョウからすると、トキオがむきになっているのは可愛らしい。
「あ、な、なあ、そうだ、イチジョウ。イチジョウってさあ、俺とかには"君"つけるけど、ティーカップにはつけないよな、なんで?」
「は、話そらすの、必死」
まだヒメマルは笑い続けている。
「笑うなってこの」
トキオはヒメマルの両頬を掌で挟んだ。 イチジョウもおかしさを堪えながら、質問に答えた。
「だって、トキオ君。年上に"君"はまずいでしょう」

「え?」

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