20.エコノミー

地上に戻ると、血を洗いたいということで、ティーカップがエコノミーに部屋をとることになった。
まだ貧血でフラついているので、トキオが部屋まで送ることにして、他のメンバーはめいめい今夜の宿に向かった。

トキオの肩を借りて部屋に向かう途中も、ティーカップは喋り続けていた。
「血は洗濯じゃ落ちないかも知れないぞ、その時には新しいマントを」
「憎まれ口叩かずにじっとしてろよ」
内容は相変わらずでも、声に覇気がないのが痛々しい。
「喋っている方が血圧が上がっていいじゃないか」
「歩きながらはやめとけって」
「君が応答したら喋らないわけにいかないだろう」
「………」
「無視するな」
「どうしろってんだ!」
ティーカップは、血の気のひいた顔のままで笑った。
「黙ってろよもう…っと、ここだな、107号」

部屋は簡素ではあったが、当然馬小屋には比べるべくもないつくりだった。
シャワーはついてるのか」
ベッドに座ってティーカップが訊く。
「お前シャワー浴びる気か?体拭くくらいで我慢しろよ。シャワー浴びてる時に、貧血で倒れちまうかも知れないぞ」
「じゃあ、君も一緒に入れ」
「ぬぁ、なにぃ!?」
トキオは真っ赤になった。
「何を照れてるんだ」
「て 照れてるわけじゃねえよ!」

単純なトキオは、マントのことがあったり、こんな風に助けられたりしたせいで、ティーカップを少し意識してしまっている。

「髪がベトベトのガビガビで気持ち悪い、こんなもの拭くだけで取れるわけないだろう。一緒に入るだけでいいんだから、そのくらい手伝いたまえ」
「…う」
トキオ返答に困っていると、ティーカップはさっさと脱ぎはじめた。

-まあ俺もしばらく浴場行ってないし、スッキリしたいしなー…
自分で自分に言い訳をしながら、トキオもボタンに手をかけた。

バスルームには浴槽もついていて、思ったよりは広かった。
「何を隠してるんだ」
「うるせえなあ」
ティーカップは、腰にタオルを巻いているトキオをじろじろ見る。
「見せられないようなものなのか?」
「お前と違って奥ゆかしい性格なんだよ」
「皮でも被」
「とっととシャワー浴びろ!!」

ティーカップがシャワーを浴び始めたので、トキオは浴槽に入り、湯を張りながら手足を揉みほぐしはじめた。
久々の風呂は気持ちいい。
-馬小屋も慣れれば悪くないと思ってたけど、やっぱちゃんとした部屋の方がいいよなあ。
ちらりとティーカップの方を見る。
改めて見ると、ものすごく脚が長い。
-並んで立ちたくねえなあ…
身長が同じくらいなだけに、余計そう思う。
「君も髪を洗った方がいいぞ」
「うぇっ?あ、ああ」
急に声をかけられて、おかしな返事になった。
トキオは真面目な顔を作り直して、ティーカップを見上げる。
「あのよ、ティーカップ」
「うん?」
「ちゃんと礼言ってなかったよな。助けてもらって、マジで感謝してる。ありがとな」
ティーカップはシャワーを止めた。
「そういうことは、目を見て真っ正面からはっきり言いたまえ」
バスタブの横にしゃがみこむ。

顔を見ようとしても、あらぬ所に視線が行く。
「どこを見てるんだ」
「え?いやどこも?何が?」
トキオの声が裏返る。
「わかりやすい男だなあ」
ティーカップは立ち上がると、タオルで髪を拭きはじめた。
「交代だ、僕も浸かりたい」
「ん、ああ」
トキオは湯から上がった。
「タオルを巻いたまま入ってたのか?」
「いいじゃねえか」
「透けてて全然意味がないぞ」
「なに!?」
「隠すようなものでもないじゃないか。余計卑猥だぞ。とっぱらってしまえ」
「わかったよ」
照れのせいでトキオが拗ねたような口調になるのを聞いて、ティーカップは声をあげて笑った。

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