19.不意打ち

この迷宮のエレベーターは魔法的な転送装置のようなものだ。
A、B、C、Dのボタンは、1階~4階に対応している。
D、つまり4階行きのボタンを押すと、体が浮くような奇妙な感覚とともに景色が少しだけ変わった。

「様子見程度だからな、やばいと思ったらすぐ逃げるぞ」
トキオの言葉に全員頷く。と、
「あれ…ど、ドラゴンやろか」
クロックハンドが指差した方向には、緑色の、確かにドラゴンらしい生き物が何匹か-その周囲には巨大な虫(?)が飛んでいる。
「でっかいトンボみたいなのもいるね」
ヒメマルが眉をしかめながら言う。モンスター達も、こちらに気付いたようだ。
「やるぞ」
緊張が走る。
*
戦闘は数分で終った。
キャンプ内で、イチジョウがディアルとディオスでちまちまと全員の体力を回復している。

「も~意外意外!トンボの方までブレス吐くとは思わなかったね~」
ヒメマルがまだ肩で大きく息をしながら言う。
「だーれもドラゴンフライだって気付かないんだもんなあ」
トキオは頭を掻いた。
「あれだけ緊張しておいて、ラツマピックをかけ忘れてたのは大失敗でしたね…」
全員の回復をやり終えたイチジョウが、ため息混じりに言った。もちろん、戦闘後すぐにラツマピックは唱えておいた。
「ラツマピックかけ忘れとるでーって誰もつっこまへんかったんやからしゃあないでえ。なんとかなったし、まあええや~ん」
いつもよりやや元気のない声でクロックが言った。
見るからに強そうなガスドラゴンばかりを警戒し、油断して後回しにしたドラゴンフライ三匹すべてがブレスを吐いて、とんでもない目に遭ったのだ。
「次からカティノだね、ベル」
「うん。カティノと攻撃魔法でまとめて倒していこう」
「反省点と対策、OKか~?そろそろキャンプ解けるぜ」

ぞろぞろと全員が立ち上がりはじめた時、いきなりティーカップに蹴飛ばされて、トキオは床にもんどりうって転がった。
「いってぇな、てめえ何…」
振り返った瞬間、目の前が真っ赤になった。

何が起こったのかわからない。

「トキオ!!」
ヒメマルがトキオの腕を強く引いて、助け起こす。
「逃げるぞ、走れ!!」
イチジョウが叫ぶ。彼はティーカップを背負っている。

ティーカップの首は真っ赤な血に塗れていて、未だに大量の出血を続けている。

ヒメマルに腕をつかまれたままで走りながら後ろを見ると、着物姿の男が何人か確認出来た。
ブルーベルとクロックハンドは先にエレベーターに着き、全員が揃うと素早く1階のボタン「A」を押した。
*
パーティは1階で再びキャンプを張った。
ティーカップの首に掌をあて、イチジョウがディアルを唱える。
「…生きてるよね?」
ヒメマルが小さな声で聞く。

「大丈夫です。傷はかなり深いですが、重ねてディアルをかければ」
イチジョウの服も、髪も、血でドロドロになっている。
ティーカップの顔は真っ青だ。

トキオは言葉を失っていた。

あれは忍者の集団だった。

トキオの背後に、気配を消して立っていたのだ。

ティーカップに蹴られていなければ、首を撥ねられていた。

「…ぅん…」
3度目のディアルで、ティーカップの意識が戻った。
「毒も受けていますから、じっとして」
イチジョウは続けてラツモフィスを唱える。
「ティー、大丈夫?…なわけないやろうけど…」
「う…ん、気分は悪いが…大丈夫だ」
まだ顔色が悪い。
「貧血がひどいでしょうからね。回復呪文が切れてしまいましたし、とにかく戻りましょう」
イチジョウがティーカップに肩を貸す。
「何やってんの、トキオもほら」
クロックハンドにつつかれて、トキオは我にかえった。
慌ててイチジョウの反対側から肩を貸すと、ティーカップは呟くような声で言った。

「新しいマントの洗濯代は、君が払えよ」

Back Next
entrance